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第四に、当山の規矩、一切諸宗如法如律之徒は、悉く是れ一派同袍(どうほう)。仮令(たと)ひ別所属の本山有も、亦当山に於て法事を執行(とりおこなう)ことを妨げず。其の如く沙弥及び新学比丘と為り、依止と為り和上と為るも、亦通じて妨げ無し。→原漢文
今時あるひは相似の僧坊あり。自他派を立てゝ。自派は濫行も相聚り。他門は有徳をも隔る。これ一派の私会処と云べし。賢聖の僧坊と云べからず。此ノ第四条実に佛世より承ケ来て、賢聖の風采、正法律僧坊に現存するなり
第四に、当山*1の規矩(きく)*2についてであるが、どのような宗派に属する人であっても如法如律*3の人は、全て一派同胞である。たとえ別に属している本山があったとしても、また当山において法事*4を執り行ったとしても、これを妨げるものではない。そのように、(他派の人であっても当山で)沙弥(しゃみ)*5や新学比丘(しんがくびく)*6となり、誰か当山の(修行者の)依士師(えじし)*7となり和上(わじょう)*8となったとしても、また同じようにそれを妨げることはないのである。
今時は、ともすると相似の僧坊*9がある。自派他派(などといった別・区別)を主張して、自派(の僧)であるならば、乱行・破戒の僧であっても(それを追放などせず、かばい立てして、布薩などの行事に)集まり、(反対に)他門の者であるからというだけで、徳のある僧侶を(自分達の僧坊に参集するのを)拒絶するのである。このようなものは(僧坊とは呼べぬものであって)「一派が私的に集まるたまり場」と言うべきである。賢聖(けんじょう)*10の僧坊などと言えるものではない。この第四条は、実に仏陀釈尊ご在世の昔から受け継がれた、賢聖の態度である。これは正法律をかかげる僧坊に現在行われているものなのである。
第二条(原文)…第四。当山規矩。一切諸宗如法如律之徒。悉是一派同袍。仮令有別所属本山。亦不妨於当山執行法事。如其為沙弥及新学比丘。為依止為和上。亦通無妨→本文に戻る
*1 当山(とうざん)…河内高井田の長栄寺(ちょうえいじ)。この地で正法律が宣揚された。→本文に戻る
*3 如法如律(にょほうにょりつ)…仏陀の説いた教えと戒めとに忠実なこと。→本文に戻る
*4 法事(ほうじ)…受戒や布薩など、その他の儀式。→本文に戻る
*5 沙弥(しゃみ)…サンスクリット「śrāmaņera(シュラーマネーラ)」またはパーリ語「sāmaņera(サーマネーラ)」の音写語。数え年二十歳未満で、具足戒を受けていない出家修行者を指す。一般に小僧または雛僧(ひなそう)などと言われる。もっとも、時として二十歳を超えても具足戒を受けぬままの者もいる為、必ずしも未成年ではない。→本文に戻る
*6 新学比丘(しんがくびく)…「比丘」とは、「(食を)乞う者」を原意とする、サンスクリット「bhikşu(ビクシュ)」またはパーリ語「bhikkhu(ビック)」の音写語で、仏教では正式な男性出家修行者のこと。「新学比丘」とは、具足戒をうけて五年未満の比丘。比丘となった者は、最低五年以上、和上か依士師の指導を受け、出家者としての行儀や知識を学ばなければならない。→本文に戻る
*7 依士師(えじし)…和上の代理として新学比丘を指導する比丘。比丘となってから五年以上経ており、律に通じた者がその任にあたる。阿遮梨(あじゃり)とも言う。→本文に戻る
*8 和上(わじょう)…サンスクリット「upādhyāya(ウパージャーヤ)」が転訛した言葉の音写語と推定される。和尚とも書かれ、「おしょう」「かしょう」などの読みもある。比丘となってから十年以上経ており、律に通じた徳ある比丘を指す。比丘は和上となって初めて弟子をとることが出来る。弟子は和上を父のように、和上は弟子を子のように思い、その指導監督をすべきことが、律蔵に説かれている。→本文に戻る
*9 相似(そうじ)の僧坊…律院または僧坊の看板を挙げ、持律持戒を旨としていると称していても、その実は、派閥主義的・排他的であり、律の実行についても曖昧な僧坊。江戸期にはこのような僧坊は全国にいくらでもあったようである。→本文に戻る
*10 賢聖(けんじょう)…賢者と聖者の略。大乗と小乗とで、それぞれその定義は異なるが、賢者も聖者も共に、ある特定の修行法を行うことによって達する階梯。もっても、ここでは単に「如法如律の比丘達」というほどの意味か。→本文に戻る
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