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第五に、律儀は是れ正法之命脈、禅那は是れ真智之大源、及び八万四千の法門は、悉く皆甚深解脱の要路に非(あらざる)こと無し。須く各(おのおの)其の所楽(しょぎょう)に随て、日夜に修習し勤学すべし。懶惰懈怠悠然として光陰を送り、及び浅深を諍論し宗我を逞することを得ず。→原漢文
第五に、律儀(を守ることは)は正法の命脈であり、禅定(を修めること)は真実の智慧の源である。および八万四千の法門*1のすべては皆、甚だ深いものであって、解脱への道とならないものはないのである。すべからく個人個人が、その願い思うところに従って、日夜に(戒律と禅定と教えを)修め、勤めて学び行うべきである。懶惰(らんだ)*2し懈怠(けだい)*3して悠然と日々をおくり、また(自宗と多宗との)浅深優劣を論争して(我が宗、我が祖師こそ最高で絶対である、などといった)宗我をたくましくするなどしてはならない。
第五条(原文)…第五。律儀是正法之命脈。禅那是真智之大源。及八万四千法門。悉皆無非甚深解脱要路。須各随其所楽。日夜専精修習勤学。不得懶惰懈怠悠然送光陰。及諍論浅深逞於宗我→本文に戻る
*1 八万四千(はちまんしせん)の法門…仏陀の教えが人の能力や立場に応じて、巧みに、そして様々に説かれたことの比喩的表現。仏陀の教えは八万四千に及ぶと讃えているのだが、それほど多くの経典や教えが説かれたわけではない。→本文に戻る
*2 懶惰(らんだ)…面倒くさがってなまけること。→本文に戻る
*3 懈怠(けだい)…おこたること。途中でやめること。→本文に戻る
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