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嶺南座元問ふ、法は随機と承る、然るに今日は某甲が機に応不応は論ぜず、願わくは師の平生の思を聞かむ。
答ふ、法に形状なし、座元その意に任せて問ふべし。
今時諸宗みな自ら門戸を立す、自ら我宗最要と称せざるはなし。若し適もなく莫もなく、真正法に帰せむと要せば孰れの宗をか依行すべき。
答ふ、各々長所あり。長所あれば短所そのところに随ふ。其の長所を依行せば何宗にても可なり。若しその短所を執せば諸宗みな天魔なり外道なり。諸人を引率して愚昧ならしむ、畜生道なり。宗我を逞しくして瞋恚を増長す、地獄道なり。他宗の利養を嫉む、餓鬼道なり。此三悪趣の外に帰処有るまじきなり。
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嶺南の座元(ざもと)*1が質問した。
「仏の教えというものは、(それを聞く人の)立場・能力に応じて(その人にふさわしいものこそが)説かれた種々様々なもの、と伝え聞いております。しかし、このごろは(宗派の教義などを論ずるにあたっても、それが)某甲(むこう)*2の能力・立場に、ふさわしいかふさわしくないかなどということに言及されることはありません。どうか慈雲尊者が(このことについて)普段からお考えになっている事をお聞かせ下さい」
(慈雲尊者は)答えて曰く、
「仏の教え(を説くの)に(定まった固定的な)形式などない。座元よ、その思うところを忌憚なく質問しなさい」
(座元)
「ちかごろの宗派は皆みずから(他宗を交えることなく)一流一派を立ています。そしてみずからを「我が宗こそが最も偉大で大事である」と自讃しないものはありません。もし、ひいき目も先入観、偏見もなく、真の仏陀の教えに帰ることを要(かなめ)とするならば、いずれの宗派を信じ、行えば良いでしょうか?」
(慈雲尊者)答えて曰く、
「それぞれの宗派には長所がある。(しかしながら)長所があれば、短所というものが必ず生じるのだ。その(宗派の)長所をこそたのんで信じ行えば、何宗であろうとかまわない。(しかし)もし、その短所となる点まで信じて(「この宗派、この教えこそが最高で唯一だ」などと)執着してしまえば、すべての宗派はみな天魔であって、仏の教えなどではない。(自分がこれこそ最高唯一だと信じる教えによって)人々に布教・指導して、むしろ人々を愚かで道理に暗くさせるのは、畜生*3 の境涯への道である。自宗の教えこそ最高で絶対などと、我執をたくましくすることによって瞋恚(しんに)*4を大きくするのは、地獄*5への道である。他宗が信仰を集めるなどして繁盛することを嫉妬するのは、餓鬼*6の境涯への道である。(以上のような者等は)この三悪趣(さんなくしゅ)*7以外に生まれ変わる場所はないのである」
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*1 座元(ざもと)…歌舞伎などの興行権の所有者の意。または名代と同義で著名人の意。→本文に戻る
*2 某甲(むこう)…不特定の人物。「或る人」あるいは「私」の意。→本文に戻る
*3 畜生(ちくしょう)…鳥獣魚虫など、動物一般。→本文に戻る
*5 地獄(じごく)…仏教では輪廻転生する生命には六つのあり方があると説く。いわゆる「六道輪廻(りくどうりんね)」である。そのうち、地獄とは、苦しみをのみ受け続けるという、もっとも忌むべき境涯。→本文に戻る
*6 餓鬼(がき)…六道輪廻のうち、いつまでも飢えと渇きがみずからを支配し、決して食物を得ることも満たされる事もないという境涯。→本文に戻る
*7 三悪趣(さんなくしゅ)…六道輪廻のうち、苦しみの大いな忌むべき三つの生存形態。上に見た「地獄」と「餓鬼」に加え、「修羅」を加えた三つの境涯。→本文に戻る
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