真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

現在の位置

五色線

ここからメインの本文です。

‡ 『諸宗之意得』(諸宗意得)

10ページ中10ページ目を表示
 |  戒律 |  禅定 |  密教 |  僧儀 |  所学 |  学法 |  住処等 |  聲明学 |  諸宗意得

・ トップページに戻る

1.原文

諸宗意得
真言家にて若し僧正ならば。僧正の外に増官をも求めず。利養名聞をも求めず。法印ならば法印。所化ならば所化にて。更に名聞利養をも求めず。唯三密の妙行を勤修し悉地を欣求するは。随分の正法なり。若シ平僧の法印を求め。法印が僧都を求メ。乃至僧正になり度く思ひ。その外に色々の名聞利養を求むるは。佛弟子に非ず。それを此方の宗旨は即事而真の宗旨なれば。名聞を求るも妨げぬと言フは。意得たがへなるべし

禅宗にて若は紫衣。若は香衣。前堂後堂首座等。それより更に名聞利養を求めず。心地発明を欣求して少を得て足れりとせぬは。随分ノ正法なり。此も些子の消息が通じ。古則一両則を拈提して。それより碧巌録等を評判して。あらかた古則もすめるやうになり。それより名聞等にて衆などを五百八百あつめ。結制大会などを取たて。自ら知識分上なりと思ふは。意得たがへなるべし

浄土宗にて僧正和尚。若ハ西堂平僧など。それより名聞利養を求めず。一心に弥陀佛を念じて順次の往生を期するは。随分ノ正法なり

一向宗にて若は門跡。若ハ院家。下至平僧。更に名聞利養を求めず。妻あればその通リ。妻なきものは更に求めることなく。五欲を貪らず。一心に弥陀の本願を有難く思ふは。随分ノ正法なり

日蓮宗にて。若は紫衣上人。若は平僧。それより更に名聞利養を求めず。一心に法花経を読誦し。若は八品若は壽量の一品。若は但に題目を受持する。随分ノ正法なり

天台宗にて名聞利養を求めず。一心に止観等を修行するは随分ノ正法なり

律宗は別に宗旨と云フべきことならず。唯タこれ僧儀なり。又近世みな真言天台等よりの兼学なれば。それぞれの宗旨によるべし。融通念佛宗なども準知すべし

上に言フところは。且く予が如き下根の者ノ及ぶべき意得を言フなり。若シ出格上根の人の諸宗の巣窟を解脱し世人の毀誉を省みず。直に佛在世の如き僧となり。文殊弥勒大迦葉阿難などの如き妙行を修して。真正法を維持し。人天の大導師となる人あらば。予その人のくつを頂戴して奉仕したく思ふなり

せめて世にひとりふたりの人もがな。たえだえ残る法の玉の緒

編者所蔵天保四年写本奥書
此ノ遺稿現に高貴寺に在て存せり。御在世諸方来の状を綴て本とし其裏に書玉へり。諸宗意得の一段などは墨を縦横に引て自ら消し玉ふ。由て今来朱を以て拭へり。見ん人。故尊者の微志を仰ぎ察すべし。且其節倹の高行を知れよと云フ 文政七年春三月高貴僧界ニ寓シテ 小比丘詮海誌
天保四巳年八月五日讃西光明山瑜伽乗佛子 重伝拝写

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・  尊者の思想へ戻る

2.現代語訳

諸宗意得
真言宗徒で、もし(その立場が)僧正*1であったならば、僧正職以外の官位役職を求めず、財産や名誉を求めない。法印*2であるならば法印、所化*3であれば所化で、更にそれ以上の名誉や財産を求めない。そして、ただ密教の三密瑜伽*4を勤め修め、ひたすらに悉地*5を求めるというのであれば、まぎれもない正法である。(しかし)平僧*6が法印を求め、法印が僧都*7を求め、及び僧正になりたいと欲し、その外にもいろいろな名誉や財産を欲する者は、佛弟子ではない。(にもかかわらず)それを、我が真言宗の教義は「即事而真*8」であるから、名誉を求めても、それは真理を求めるのと同じであると言えるのであるから、まったく問題なく、差し障りも無い、(むしろ求めろ)などと言うのは、とんでもない心得違いである。

禅宗で、もしは紫衣*9、或いは香衣*10前堂・後堂・首座*11など、以外に敢えて名誉や財産をもとめない。心の本性を証すことを希い、わずかばかりの境地を得て充分だと(自己満足)せず、(さらなる深く高い境地を)求めるのは、まぎれもない正法である。(しかし)わずかばかりの知識、見解を得ただけで、古の禅書、古人の公案のいくつかをとりあげ、また『碧巌録[へきがんろく]』*12などを批評し、大抵の古の公案も理解できるようになって、名誉欲・虚栄心などから聴衆を五百八百というほど多く呼び集め、結制[けっせい]*13などを催して、自らを知識*14で、徳高き優れた者であると思うのは、心得違いである。

浄土宗にて、僧正や和尚*15、もしくは西堂*16、平僧など、自らの立場・現在の分際以上に名誉や財産を求めず、ただひたすらに阿弥陀如来を信じ、心に留めて来世の往生を期待するのであれば、まぎれもなく正法である。

一向宗*17で、門跡[もんぜき]*18や、あるいは院家[いんげ]*19、および下は平僧に至るまで、それ以上に名誉・財産を求めず、*20あればそれで満足し、妻の無いものは無いままに求め欲することなく、五欲*21を(足らぬ足らぬと倦くまで)貪らず、ただひたすらに阿弥陀佛の(四十八の)本願を有難く思うのは、まぎれもなく正法である。

日蓮宗において、もしは紫衣を勅許されている上人*22、もしくは平僧が、現在に満足して名誉・財産を求めることなく、ただひたすらに法華経八巻を読誦し、あるいは八品*23のみ、もしくは「如来壽量品第十六*24だけ、さらには「南無妙法蓮華経」の題目だけでもこれを信じ保つことは、まぎれもなく正法である。

天台宗にて名誉、財産を欲せず求めず、ひたすら止観*25などを修行するのは、まぎれもなく正法である。

律宗は、特に宗旨というようべきようなものではない。(律とは)僧侶が守るべき大前提、常識なのである。また、近頃は真言宗や天台宗などが兼ね学び、行っているものであるから(教義は律宗のそれではなく)、それぞれの宗旨によるべきである。融通念仏宗なども、以上に従って知るべきである。

以上、述べてきたことは、一つには私慈雲のような下根*26の人間が、たもち心がけるべき、心得として言ったものである。もし出格上根*27の人が、(「我が宗が、我が宗が」などと揉み合う)諸宗派間の愚かな争いから離れ、世の人々の誹りや尊敬なども意ともせず、直接に佛陀釈尊が生きられた時代のような僧侶となり、文殊菩薩や弥勒菩薩、大迦葉尊者や阿難尊者などがされたような、優れた行いをなして、混じりけ無き純粋な「正法」を維持して、人々ならびに神々の大導師となる人が現れれば、私は、その人の靴を頂戴してでも仕えたいと思う。

せめてこの世に、ひとりふたりでも(正しく佛法を行い伝える)人があってほしいものだ。 (嗚呼、いまにも立ち消えそうなほど)絶え絶えにしか、佛法は残っていないのだ。

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・  尊者の思想へ戻る

3.語注

*1 僧正[そうじょう]…僧綱の最上位。僧綱とは奈良平安期に於ける僧を取り仕切った国家機関。→本文に戻る

*2 法印[ほういん]僧階の最上位。僧正とは同格にあたるが官位ではない。→本文に戻る

*3 所化[しょけ]…基礎的な修行を行っている途上の僧侶。→本文に戻る

*4 三密瑜伽[さんみつゆが]…自らの身体と言葉と心の働きを、佛菩薩に象徴される真理と等質化させようとする密教の冥想法。三密加持とも。瑜伽とはヨーガの音写語。→本文に戻る

*5 悉地[しっぢ]…涅槃・解脱。→本文に戻る

*6 平僧[ひらそう]なんの官位も僧位にもない僧侶。→本文に戻る

*7 僧都[そうず]…僧綱で僧正に準ずる位。→本文に戻る

*8 即事而真[そくじにしん]…現象している物事がそのまま真理であると見ること。華厳の事事無碍と同義であるが、真言宗では華厳よりさらに高次元の立場であると主張する。→本文に戻る

*9 紫衣[しえ]…紫色の衣。多く綾絹で作られる。非法不如法の衣。→本文に戻る

*10 香衣[こうえ]…普通は香染めで木蘭色の衣、如法の衣を指す。また勅許の華奢な色衣を指すことも。→本文に戻る

*11 前堂[ぜんどう]・後堂[こうどう]・首座[しゅそ]…禅僧の階位。→本文に戻る

*12 碧巌録[へきがんろく]臨済宗で最重要視される禅書の一。宋代は十二世紀初頭【圜悟克勤(えんごこくえん)】が著したもの。→本文に戻る

*13 結制[けっせい]…安居の初めの日。結夏に同じ。ここでは禅宗の問答などする大きな法要。→本文に戻る

*14 知識[ちしき]「善知識」の略。佛教の核心に通じる善き指導者。→本文に戻る

*15 和尚[わじょう]具足戒を受け比丘となって十年以上であり、経と律とに長じた僧のこと。しかし、ここでは単なる役職、僧位の一。→本文に戻る

*16 西堂[さいとう]…禅語で他の寺院の前住職をさす。→本文に戻る

*17 一向宗[いっこうしゅう]…浄土真宗。→本文に戻る

*18 門跡[もんぜき]本願寺管長の通称。本来は、宮家が出家したのち居住した寺を指す。→本文に戻る

*19 院家[いんげ]…出家した公家の子弟で、門跡寺院に所属する寺の住職。→本文に戻る

*20 妻[つま]…浄土真宗に限って開教立宗の当初から妻帯勝手御免の沙汰であった。→本文に戻る

*21 五欲[ごよく]…人の感覚的欲望を5つに分類した呼称。色(モノ)・声(音)・香(香り)・味・触(感触)に対して起こす欲望。→本文に戻る

*22 上人[しょうにん]…日蓮・浄土・時宗で用いられる僧の敬称。本来は、行学兼備の高徳の僧を指す。→本文に戻る

*23 八品[はちほん]…法華経八巻二十八品の中、従地涌出品第十五から嘱累品第二十二までの日蓮宗が特に重要視する八章。→本文に戻る

*24 如来壽量品第十六天台宗および日蓮宗では、法華経の要の章とする。この偈文は「自我偈」と呼ばれる。→本文に戻る

*25 止観[しかん]…心を一つの対象に集中させて動揺を鎮め、ありのままに対象を観察すること。本来的な佛教の冥想法を言うが、特に天台では十乗観法といって独自に展開した冥想法をいう。→本文に戻る

*26 下根[げこん]能力が劣って優れていないこと。→本文に戻る

*27 出格上根[しゅっかくじょうこん]…人並みはずれて能力が優れ、徳の高い人。→本文に戻る

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・  尊者の思想へ戻る

10ページ中10ページ目を表示
 |  戒律 |  禅定 |  密教 |  僧儀 |  所学 |  学法 |  住処等 |  聲明学 |  諸宗意得

・ トップページに戻る

メインの本文はここまでです。

メニューへ戻る


五色線

現在の位置

このページは以上です。