真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『諸宗之意得』(戒律)

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1.原文

戒律
沙門の通戒なり。佛弟子たるもの必七衆あり。今時諸宗の。我宗にては戒学はいらぬと云フはひがごとなり。又伝教所立の円頓戒等は大悲菩薩の辯の如し。聖教量に違スル也

此れも近代別行血脈など云もの出来て。達磨所伝など云者あり。皆後人の杜撰なり。支那諸伝記にもなし。日本の古記等にもなし。勿論聖教量に違す。智者察すべし。

浄土宗の布薩戒。或人の三帰戒。十六条戒。禅門戒など準知すべし。三昧耶戒は瑜伽行者別途の事なり。又中古の人の。我規条は大乗小乗の律と同にもあらず異にもあらずと云フは如何なり。大迦葉尊者だに唯佛所説の如く受持すと仰せられ。梵網にも。遮那も誦じ玉ふ釈尊も誦じ玉ふとあれば。佛々同等の戒なり。後人のあんばいいらぬ事か。智者察すべし。

とかく佛在世を手本とすべき事也。総じて大乗小乗宗旨宗旨にて戒律も袈裟もちがふと云フは。ひがごとなり。今たとへば戒律は公儀の掟なり。貴賤ともに守らねばならぬこと。大乗小乗は多く心地のさだめなり。たとへば人の智愚の如し。智者も眼はよこ鼻はたてなり。同じ横の眼にちがふことあるなり。大乗小乗の戒もその通りなり。同く殺生せぬ内に差別あり。同じく婬戒を持つ内に差別あるなり。比丘沙弥の袈裟に割截縵衣等の差別あるは。此は貴賤衣服の如し。たとへば諸人は大紋など。官人は衣冠などのたぐひの如し

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2.現代語訳

戒律
沙門[しゃもん]*1が、すべからく等しく保つ規律、規範である。仏弟子には、かならず七衆[しちしゅ]*2の別があって、そのそれぞれの立場に応じた戒や律が説かれているのである。(であるから)今時の諸宗派で、「我々の宗派では戒を学び、守る必要は無い」などと言っているのは、ひがごと*3 である。また、伝教大師【最澄(さいちょう)】が主張した円頓戒[えんどんかい]*4などは、大悲菩薩*5が語っているとおりである。それは仏陀の言葉を記す経典に通じて説かれていることに違反するものである。

これもそう時代を遡らない近頃のことであるが、「別行血脈[べつぎょうけちみゃく]」などといったものが(突如)世に出現し、これを達磨(だるま)大師から伝えられているものだと主張する者がある。(しかしこれは)すべて後代の人間による、杜撰[ずさん]*6である。(なぜなら)中国の様々な伝記にも載っていないし、日本の古い書物にも記されていないのである。もちろん、経典に説かれていることに反した内容のものでもある。智慧ある者は察するべきである。

浄土宗の布薩戒*7や、或る人の説く三帰戒*8や、十六条戒*9禅門戒*10なども、(今まで述べてきたことに)準じて知るべきである。三昧耶戒[さんまやかい]*11は、瑜伽行者[ゆがぎょうじゃ]*12にのみ説かれる特別なものである。また、中古の人の「私の(用いる)規条は大乗、小乗の律と同じでもなく異なるものでもない」という主張は、(一体全体)どういうことであろうか。大迦葉[だいかしょう]尊者*13でさえ(佛滅後の「第一結集」のおり)、ただ佛陀が説かれたそのまま(いかなる変更も加えず)に、(律を)守ろうと仰っており、『梵網経』でも、毘盧遮那佛[びるしゃなぶつ]*14も釈尊 もお説きになっていると載っているのであるから、(出家についての戒や律は本来大乗小乗を問うようなものではなく、)諸々の佛陀が等しく説かれたものなのである。後代の人間による(勝手な)塩梅[あんばい]*15(によって、戒律というものをあれこれと判別、取捨選択するなど仕分けして考え、行うようなこと)は余計なことではないだろうか。智慧ある者は察するべきである。

何はともあれ、佛陀釈尊がご存命だった時代のあり方を手本とすべきである。総じて(言えることだが)、大乗と小乗、宗旨宗派によって戒律も袈裟も異なる等と言うことは、ひがごと*15である。今、例えて言うならば、戒律というものは公儀*16の法律の様なものである。身分・立場の高下に関わらず皆等しく守らなければならないものである。大乗と小乗(との違い)とは、(他者に対して積極的な働きかけをしようとする誓願を持つか持たないかという)その「志」の内容にのみあるのだ。例えば、人に賢い者と愚かな者とがあるようなものである。賢い者も(愚かな者でも)、眼は横に、鼻は縦にあるのだ。同じように横に(長く)ある眼であっても、(その見ているもの、見識にはそれぞれ)「違い」というものがあるのだ。大乗と小乗の戒(との違い)も、それと同じことである。(大乗も小乗も)同じく殺生をしないよう行動するが、その志の内容には違いがあるのだ。同じように、婬戒*17を守ることについても、その志の内容には相違があるのである。比丘[びく]*18沙弥[しゃみ]*19の着ける袈裟に、割截衣[かっせつえ]*20縵衣[まんね]*21等といった違いがあるのは、(世間で)身分・立場の高下によって、着する衣装が異なるようなものである。例えば、諸人*22大紋*23などを着し、官人*24衣冠*25などを着するといった類のことと同じである。

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3.語注

*1 沙門[しゃもん]…勤め励む人の意。出家修行者、僧侶。→本文に戻る

*2 七衆[しちしゅ]…仏教徒の七種の立場。すなわち比丘(びく)・比丘尼(びくに)・正学女(しょうがくにょ)・沙弥(しゃみ)・沙弥尼(しゃみに)・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)の七。優婆塞と優婆夷は在家信者を言う。それ以外はすべて出家修行者。→本文に戻る

*3 ひがごと…道理に合わない間違ったこと。→本文に戻る

*4 円頓戒[えんどんかい]…法華一乗の思想に基づいて主張された、最澄に始まる独自思想。実際は『梵網経』所説の戒で『法華経』との直接の関係はない。律を小乗の者の規則であると断じ、真の大乗の菩薩僧はこれを捨てて、この大乗の戒だけを受けるだけで僧侶たりえ、むしろそうするべきであると主張された。→本文に戻る

*5 大悲菩薩[だいひぼさつ]…唐招提寺中興の覚盛(かくじょう)の諡名。鎌倉時代初頭(1236)に自誓受戒を考案し、興正菩薩叡尊(えいそん)と共に鎌倉期戒律復興運動の先駆者となった。→本文に戻る

*6 杜撰[ずさん]典拠あいまいなでたらめ。偽作。→本文に戻る

*7 布薩戒[ふさつかい]…「布薩[ふさつ]」とは毎月、新月と満月の日の二回行われる、比丘であれば誰でも参加しなければならない儀式。それは、僧伽が戒律に違反せず清浄であることや、戒律の規定の一々を再確認するためのもので、僧伽における最重要な儀式の一つである。しかし、ここでいう布薩戒とは、法然上人に仮託された偽書『浄土布薩式』に基づき、戒脈と宗脈を合一させ、その伝授を行うこと。ここでの戒とは、比叡山の円頓戒の伝戒師でもあった法然上人が持っていた梵網戒ではなく「浄土三部経」に基づく戒であるという、デタラメなもの。→本文に戻る

*8 三帰戒[さんきかい]…三帰とは、仏法僧の三宝に帰依することの表明。仏教信者となるために行う、もっとも伝統的な方法。あくまで信仰することの宣言であって「戒」ではない。「三帰戒」は、三帰を戒とする、後代の人の杜撰な改変が含まれたものをさしているか?→本文に戻る

*9 十六条戒[じゅうろくじょうかい]…三帰戒と三聚浄戒、梵網戒の十重禁戒を足し併せたもの。道元(どうげん)の創唱。→本文に戻る

*10 禅門戒[ぜんもんかい]禅宗で説かれる戒。梵網戒を指す場合が多い。→本文に戻る

*11 三昧耶戒[さんまやかい]…『大日経』を典拠とし『無畏三蔵禅要』などを参照して説かれてる密教行者の戒。→本文に戻る

*12 瑜伽行者[ゆがぎょうじゃ]「瑜伽(ゆが)」とは、サンスクリット「yoga(ヨーガ)」の音写語。禅を行う者の意。ここでは特に、密教行者のこと。→本文に戻る

*13 大迦葉[だいかしょう]尊者仏陀の十大弟子の一人。「頭陀第一」と讃えられる。仏滅後の教団では指導者的立場にあった。摩訶迦葉[まかかしょう]尊者とも。→本文に戻る

*14 毘盧遮那佛[びるしゃなぶつ]『梵網経』や『華厳経』などにおける教主。→本文に戻る

*15 塩梅[あんばい]…程良く処理したり、整えたりすること。→本文に戻る

*16 公儀[こうぎ]…江戸幕府。今は国家と考えて良い。→本文に戻る

*17 淫戒[いんかい]…相手が男・女・獣あるいは死体を問わず、いかなる性交渉を禁ずる戒。これに違反すれば、出家者はただちに還俗。二度と出家することは出来ない。在家者の場合は「不邪淫戒」。→本文に戻る

*18 比丘[びく]数え年二十歳以上になって具足戒(=律)を受けた、仏教の正式な僧侶。→本文に戻る

*19 沙弥[しゃみ]…未だ具足戒を受けていない出家者。具足戒を受け得るのは数え二十歳以上であるから、普通は二十歳未満の年少者の出家者を指す。→本文に戻る

*20 割截衣[かっせつえ]多くの小さい布を縫い合わせて作る、比丘の着す正式な袈裟。→本文に戻る

*21 縵衣[まんね]…大きな一枚の布の四辺に縁を着けただけの、沙弥が着す袈裟。→本文に戻る

*22 諸人[しょにん]…身分がそれほど高くない人。ここでは武家を指す。→本文に戻る

*23 大紋[だいもん]…直垂(ひたたれ)の一種。→本文に戻る

*24 官人[かんにん]…朝廷の役人・官吏。ここでは公家を指す。→本文に戻る

*25 衣冠[えかん]…衣冠束帯。公卿の正装。→本文に戻る

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