真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『諸宗之意得』(学法)

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1.原文

学法
悉く書を信ぜば書なきにしかずと。これ学問をする大要なり。然れども佛説の経律ハ仰信すべし。一文一句として私意をまじゆる事なかれ。悉く信ずることのならぬと云フは。中古諸祖の撰述する書なり。例を挙げば。天台家の書を読むには。唯タその円解にとるべし。梵語のまちがひあれども。それは強て論ずることならず。五時の配属なども。大概にみるべきことなり。一定してかく在リしと思ふは愚痴なり。

又浄土家の書をよむに。浄土の荘厳等は信ずべし。その釋迦の通法とはちがひて。但タに別願を而已云フは。大低に見ておくべきなり。

禅宗。唐末より已来の書などは。唯その消息衆流を截断する等の作略を会取すべし。事実は強ちて論ずべからず。達磨梁武と対談の年代あはぬなど。迦葉刹竿話金襴の袈裟など。但タその消息意趣を会取すべし。拈華微笑なども。唯タその教外別伝を知ルべし。強て経拠を引クは愚の至なり。又古徳の偽経を引ケることも多し。これも唯タその趣を知ルべし。悉く信ぜばかへつて自己の法性をくらますことあるなり

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2.現代語訳

悉く書を信ずれば則ち書無きに如かず*1」という思想は、学問をするにあたっての重要な心構えである。しかしながら、佛陀が説かれた経典と律典(に限って)は、敬って信じるべきである。(それがたとえ)一文一句であっても、一個人の私的見解を交えてはならない。全面的に信じてはならないと言うのは、時代の遡る昔の諸々の宗祖が書き残した書物に関してである。例を挙げるならば、天台宗の書籍を読むにあたっては、ただその円解に限って捉えるべきであろう。(天台の書籍には)梵語(の解釈)に間違いがあるが、それは(誤りを指摘するなどして)強いて論ずるべき事柄ではない。五時の配属*2なども、ほどほどに見るべきことである。「これが絶対で、間違いない」などと考えるのは愚かで無知である。

また浄土宗の書物を読むに当たって、(西方極楽)浄土のおごそかで美しい様子などは信じてもよいだろう。(しかしながら)その(浄土宗の教義が)、佛陀釈尊がそこかしこで多くお説きになった教えとは違って、ただ(阿弥陀佛の誓願のごく一部たる)別願のみを(これが絶対で、これしかないなどと)主張しているのは、大抵に見ておくべきことである。

禅宗の、唐代の末より以降の書物(に書かれている内容)などは、その(当時の歴史的)事実、状況を切り離すなど、適当にとりはからって捉えるべきである。(書物に書かれていることが)歴史的事実であったか虚構であったかなどと、決して論じるべきではない。達磨(だるま)大師と梁武帝[りょうぶてい]*3対談*4には時代的に矛盾があるなどといった事や「迦葉刹竿[かしょうせっかん]*5」、「金襴の袈裟*6」の話などは(もちろん事実などでは無いだろうが、その真偽などは敢えて確かめず)、ただそこで言わんとする意向をのみ汲み取って理解するべきである。「拈華微笑[ねんげみしょう]*7」なども、ただ(そこで言わんとしている)「教外別伝[きょうげべつでん]*8」 (の趣旨)をのみ知るべきである。(これら禅宗に伝わる説話について、)敢えて経典にその根拠を求めようとするのは、愚の骨頂である。また、過去の徳ある僧侶(の著作)には、偽経*9を引用していることが多い。(であるから)これもただ、そこで言わんとしている意向をのみ汲み取って理解するべきである。(いたずらに)全てを信じてしまえば、(信じることが)かえって自分の法性[ほっしょう]*10が見えなくなって(誤魔化されて)しまう場合があるだろう。

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3.語注

*1 悉く書を信ずれば則ち書無きに如かず…「批判的視点を持たずに書物を読み、そこに書かれていることの全てを信じてしまうならば、むしろ書物など読まない方がよい」とする、『孟子』尽心下にある言葉。→本文に戻る

*2 五時の配属…天台宗の教相判釈[きょうそうはんじゃく]たる「五時教判[ごじきょうはん]」を指す。教相判釈とは、八万四千といわれるほど多岐にわたる仏陀の教説を、高いものと低いものに分類すること。五時教判は、『法華経』こそが仏陀の生涯最後に説かれた最高のものであり、その他の経典・教説は、『法華経』に至るまでに五段階に分けて説かれた、低い教えであるとしている。あくまで天台大師の私的見解に過ぎないものであったが、日本の南都六宗と真言宗以外の宗派では、絶対的なものとして捉えられてきた。→本文に戻る

*3 梁武帝[りょうぶてい]…中国南朝の梁の初代皇帝。六世紀前半に在位。深く佛教に帰依し国を挙げての訳経事業・寺院造営をなし、中国仏教史上での黄金期を築いた。→本文に戻る

*4 円頓戒[えんどんかい]…梁武帝が、達磨大師に自分の行っている佛教に対する厚遇や大事業にはどのような功徳があるかと問いたところ、「無功徳」との一言で断じられたという説話。→本文に戻る

*5 迦葉刹竿[かしょうせっかん]…阿難(あなん)尊者が、摩訶迦葉(まかかしょう)尊者に、金襴の袈裟以外に何を釈尊から伝えられたかを問いた時、「門前の刹竿を倒せ」という言葉をもって答えとしたという説話。禅宗ではこの話をもって阿難尊者が摩訶迦葉尊者より法を託された、佛法第三祖であることの証とする。→本文に戻る

*6 金襴の袈裟…摩訶迦葉尊者が釈尊に初めて出会って帰依した時に、金襴の袈裟を託されたという説話。禅宗ではこの話をもって摩訶迦葉尊者が、法を直接に釈尊より伝えられた第二祖であることの証とする。中国の禅宗の人々は、律蔵に暗く、僧伽のありかたがどういったものか知らなかったのであろう。僧伽には、そのような指導者・後継者など存在しないのである。「迦葉刹竿」にしろ「金襴の袈裟」にしろ、これら禅宗の伝承は、彼らが律蔵について無知であること物語っている。→本文に戻る

*7 拈華微笑[ねんげみしょう]…釈尊が霊鷲山で弟子達に説法中、おもむろに黙って一つの華をつまみ、弟子達に示した。ところが、誰もその意図が理解できなかった。しかし、ただ一人、摩訶迦葉尊者のみがそれを理解したので、釈尊は微笑んだという。そこで釈尊は、言葉を超えた真理が摩訶迦葉尊者に伝わったと告げたという説話。禅宗の言う「以心伝心」の始め。偽経による創作話。→本文に戻る

*8 教外別伝[きょうげべつでん]…悟り、真理は言葉を超えており、言葉や文字で表すことの出来ないものであるから、それに囚われてはならないことを示す、禅宗での言葉。→本文に戻る

*9 偽経[ぎきょう]中央アジアや中国にて偽作された経典。→本文に戻る

*10 法性[ほっしょう]…全ての存在の真実・真理。ここでは「自身の真実なる在り方」と解するべきか?→本文に戻る

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