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此の比[ごろ]は、如法*1の仏法の外は、よも過[とが]にもならじと覚へたり。狼の尾の端を切て集り居たる様也と云々。
近頃は、仏陀の教えに忠実に則した仏教の他は、よもや罪過にすらならない(お話にもならないものだ)と思える。(最近の僧侶などというのは)狼の尻尾の端を切り寄せ集めた様なものだ。
*1 如法[にょほう]…仏陀の教えに忠実に則すこと。ただし、それを盲信して実行する、というのとは異なる。→本文に戻る
師なき時は、所の上首*1に依止[えじ]*2すべし。互に皆如此[カクノゴトク]下に成らんとしたる事也。如此[カクノゴトク]ならずして、不和合*3にて集り居るは、虎狼毒蛇[ころうどくだ]に何ぞ異ならん。
(自分の師たる)和上が近くに不在の時は、その場所の上座(の僧)に依止(してその指導を仰ぐように)するべきである。互いに皆が(人の上座になろうとせず)この様に下座にあろうとすることだ。この様に(皆が誰かの下座についてその教えを仰ごうと)せずに、(人の好き嫌いを言い、人を指導こそすれ、されるのを拒んで皆一致せず)不和合に集まっているのでは、虎・狼・毒蛇(などのケモノ)と何も異なりはしない。
*1 上首[じょうしゅ]…受戒してから最も年数を経ている僧侶。僧侶の席次は、受戒してからの年数によってのみ決定する。→本文に戻る
*2 依止[えじ]…指導を仰ぐこと。受戒してより五年未満の比丘は、「新学の比丘」といって、自分の師である「和上[わじょう]」の膝下で、日常の立ち居振る舞いから、経や律について学ばなければならない。諸事情により、和上に指導を仰ぐことが出来ない場合は、受戒してより5年以上の「阿闍梨[あじゃり]」に指導を仰がなければならない。これを「依止師[えじし]」とも言う。和上・阿闍梨ともに、どのような者が成りうるかについて、律蔵に詳細な規定がある。これは出家し、受戒して間もない新学の比丘が、無知なるが故に律蔵が禁じた事項を犯すことを防ぐための措置である。→本文に戻る
*3 不和合[ふわごう]…律蔵の規定を無視して、それぞれが一致団結しないこと。もっとも、ただ一致団結すれば良い、などと言うことはない。馴れ合いの団結を言っているのではなく、あくまで「律蔵の規定に基いて賞罰厳密なる団結」を和合という。→本文に戻る
阿難(あなん)尊者*1の妹*2の尼御前*3、迦葉(かしょう)尊者*4に対し奉て腹を立て、地獄に堕と見へたり。分々に随へば、今の世にも、僧に対して腹立したらば、地獄の業(わざ)也。然(しかる)を此等程の事をば罪造りたりとも思はずして、我も人も過行(すぎゆく)は浅猿(あさまし)き事也。
アーナンダ尊者の妹の尼御前は、マハーカッサパ尊者に対して腹を立て、地獄に堕ちたようである。(出家と在家など)それぞれ異なる立場を考えてみれば、今の世でも、僧侶に対して腹を立てるのは、地獄に堕ちる行為である。しかしながらこの様なことが罪作りなことであるとも思わないで、自分も他人も気にせず当たり前のようにしているのは浅ましいことである。
*1 阿難[あなん]尊者…アーナンダ尊者。サンスクリットあるいはパーリ語の「Ānanda[アーナンダ]」の音写語で、「歓喜」の意。釈尊の死に至るまで、随行することおよそ25年間。記憶力が突出して勝れており、耳にした釈尊の説法全てを記憶していたという。このことから、仏弟子中「多聞第一」と讃えられている。釈尊の死後、その教えを正しく後世に伝えるため行われた「第一結集[だいいちけつじゅう]」にあたって、その教えを誦出する中心人物にされた。およそ25年の長きにわたって釈尊に随行していたにも関わらず、悟りに到っていなかったが、第一結集の直前に悟りに到ったという。以降、西インドにて仏教を広める中心的人物となる。その最後は壮絶なものであった。→本文に戻る
*2 妹…【岩波】「原典ではトゥッラティッサー(Tulla-Tissā比丘尼)となっている」。→本文に戻る
*3 尼御前[あまごぜん]…尼の敬称。サンスクリット「ambā」の音をとって「尼」の読みに当てられ、比丘尼の別の言いとされている。もっとも、サンスクリットの原意は「母」であり、女性僧侶の意はない。巷間、女性をののしって「この、あまぁ」などと言うことがあるが、この「ambā」に由来する。「阿魔」と書く場合もある。→本文に戻る
*4 迦葉[かしょう]尊者…カッサパ尊者。「迦葉」は、サンスクリット「Kāśapa[カーシャパ]」あるいはパーリ語「Kassapa[カッサパ]」の音写語で、「飲光(光を飲む)」の意。釈尊の死後、第一結集を呼びかけ、その統率をした。少欲知足の清貧生活を厳守していたことから、仏弟子中「頭陀第一」との称号がある。ちなみに、慈雲尊者は受戒して比丘となったおり、字を「忍瑞」から「飲光[おんこう]」に変えているが、カッサパ尊者に対する敬意に基づくものと推察される。→本文に戻る
菩提*1と云事は、始め只内心少し法理に順じて、無下に甲斐なげなるまでも、内に自ら人法二空(にんぽうにくう)*2に順じたれば、人に勝(すぐれ)たりと思ふ事なし。ますぐにし居たらん者は、即(すなわち)此の生にも仏の加護あらん。其の加護と云は、即理(ことわり)に契(かな)ひて、信力ありて、心やさしからんずる也と云々。
菩提というものは、(修行しだしたばかりの)始めはただ心が少しは真理に順じ、まったく甲斐のないようであっても、内には自ら(人にもモノにも実体など無く、それは水月や陽炎のような幻であるという)人法二空(という真理)に順じていれば、(自分が)他人より優れているなどと思うことはない。(仏陀の教えの通りに)まっすぐにして(修行の日々を)過ごしている者は、その時はこの現世の人生において仏陀の加護があるだろう。その「加護」というのは、つまり真理に適[かな]って、(なにが真理であるかとの)確信があり、心が優しくなるということである。
*1 菩提[ぼだい]…悟り、気づき、智慧。サンスクリット「bodhi[ボーディ]」の音写語。→本文に戻る
*2 人法二空[にんぽうにくう]…人には魂など不変の実体などないとする「人空」と、人や物を構成する要素も実体はないとする「法空」を同時に表した言葉。一般に、小乗は「人空」のみを説き、大乗は「人法二空」を説くと把握されているが、必ずしも適切な把握とは言えない。「人法二無我」とも言う。→本文に戻る
道場に入る毎に生身(しょうじん)の仏の御坐(おわします)と思て、正く生身の如来の御前に望む思を成べし。木に刻み絵に書たるを生身と思へば、軈(やが)て生身にて有なりと云々。
道場に入るたびに「生きた肉身の仏陀がおられる」と思って、正しく「生身の如来の御前にはべる」との気持ちである
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