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1.凡例

画像:明恵上人像・久米多寺蔵(松平定信編『集古十種』第1,国書刊行会,172項所載)

目次

51編の法語からなる『栂尾明恵上人遺訓』(以下『遺訓』)の短篇それぞれには、本来題など付されていないが、ここでは便宜的に、定本とした宮坂宥勝偏『仮名法語集(日本古典文学大系)』岩波書店(以下【岩波】)の解説の中で挙げられたものを、目次として使用した。ただし、【岩波】ではその解説の中で『遺訓』は53篇からなるとしている。これは、第33篇目にあたる法語を、三つの法語からなると数えたか単なる誤解であろう。しかしながら、それらは一連の法語であることは明らかである。よって、ここでは51篇とした。

本文

宮坂宥勝偏『仮名法語集(日本古典文学大系)』岩波書店を定本とした。これは寛文5年2月刊行『栂尾明恵上人伝記』上・下巻の付録『栂尾明恵上人遺訓』を定本としたものである。

現代語訳は、基本的に逐語的に訳すことを心がけ、原文の読点の位置とも対応させた。よって、現代語訳文には、読点が現代文からすれば、過剰あるいは不自然な位置に打たれている場合がある。もっとも、現代語訳を逐語的に行ったと言っても、読解を容易にするため、原文にない語句を挿入した場合がある。この場合、それら語句は( )に閉じ、挿入語句であることを示している。しかし、挿入した語句に訳者個人の意図が過剰に働き、読者が原意を外れて読む可能性がある。注意されたい。

定本に付されていたルビは、適宜現代用いられている平仮名に変更し、当該語句の後ろに[ ]にて閉じた。また本文には、仮名文学の習いにて、時として一部ごく簡単な漢文が文末に用いられていることがある。この場合は[ ]内にカタカナで読み下しを付した。

訳者の古文の素養がまったく不十分なため、原文にある副詞等を厳密に訳し得なかった。よって原意を外れた錯誤が多々あると思われる。願わくは識者の指摘を請う。

語注

語注は、とくに説明が必要であると考えられる仏教用語、あるいは古語などに適宜付した。定本の頭注をそのまま用いた場合は、語注の中で【岩波】と記し「」内に挙げた。定本の頭注には、意味不明あるいは本文に照らしても意味の通じないもの、または錯誤であると思われるものがいくつかあった。その場合はそれを指摘し、あわせて訳者の注を挙げた。

本文に経論からの引用がされている箇所は、判明している範囲でその典拠を示した。それらはすべて『大正新修大蔵経』による。例えば引用箇所が『大正新修大蔵経』2巻177項上段であった場合、(大正2,P177上段)と表示している。

参考文献

宮坂有勝編『仮名法語集(日本古典文学大系)』岩波書店,1964年
田中久夫『明恵』吉川弘文館,1988年
久保田淳・山口明穂校注『明恵上人集』岩波文庫,1981年
平泉洸『明恵上人伝記』講談社学術文庫,1980年

法楽寺サイト制作・管理者:婆塞 覺應(訳注)

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2.『阿留辺幾夜宇和』目次

1.阿留辺幾夜宇和
2.現世にあるべきやう
3.田楽法師
4.上古仏法を
5.我は人に
6.人の信施は
7.人は我祈りの為とて
8.人常に云く
9.東寺の塔を
10.仏法者と云は
11.波斯匿王
12.末代の習
13.我学道する様
14.我は幼稚
15.我は師を
16.此草庵に
17.昔は我
18.人は常
19.亡者の
20.左右なく
21.高僧等の
22.上古は
23.今は勝れて
24.末代の
25.相構て
26.我身の様
27.世に久く
28.仏に代りて
29.近来の
30.凡夫は
31.人の過を
32.若仏の
33.我常
34.師資の様
35.礼仏読経
36.此の比は
37.師なき時は
38.阿難尊者の
39.菩提と云事は
40.道場に入る
41.寂静を欣て
42.昔し,我
43.適々仏法に入て
44.驕慢と云物は
45.当時は酒取入て
46.昔より人を見に
47.末代は
48.当初本寺に
49.只様もなく
50.聊の流に
51.只心を一にし

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