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天平宝字元年(757)に発布され、形骸的とはいえ、以来明治維新を迎えるまで有効だった、朝廷が僧尼を統率するために布いていた法律。
空海が40才の時、高雄山寺にて開かれた灌頂を受けた、僧俗の弟子達に示した教誡。
空海がその晩年62才の時、特に出家の弟子達に対して示した教誡。
最澄が、時代が末法であることを理由に、国法によって僧尼を統制する事に抗議。破戒無戒の僧であっても、社会はこれを尊敬して布施を行うべきことを主張した書。法然や親鸞、日蓮などに強い影響を与えた。破戒無戒の日本仏教の僧尼にとっては「堕落の聖典」とも言える書。偽撰との疑いがもたれている。
鎌倉期初頭に栂尾にて活躍した、華厳宗中興の祖といわれる明恵上人高弁が残した数々の教誡を、その弟子高信がまとめ記したもの。『阿留辺幾夜宇和(あるべきようわ)』という別題でも親しまれている。
慈雲尊者が宣揚した、「釈尊に帰れ」とも言うべき思想「正法律」の根本的指針として著した書。
河口慧海が、出家者による仏教を完全否定した上で、純粋に在家信者としてのみ仏教を実践する事を主張した「在家仏教」を宣揚した書。これによって、巷間しばしばご都合主義的な意味合いで用いられている「在家仏教」なるものが、慧海の主張したそれとは相当に乖離していることが知られる。
高野山真言宗総本山金剛峰寺第411世座主・資延敏雄(すけのぶ びんゆう)が、『六大新報(2006新年号)』に寄稿し、その巻頭を飾った文。現代における日本仏教の僧徒、特に堕落の極みに達していると言える真言宗の僧徒を痛烈に批判。僧侶としてあるべき姿に帰ることへの願いを披瀝している。表題は華厳宗の凝然大徳『八宗綱要』の一節。
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