真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 最澄 『末法燈明記』(9)

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1.原文

此等諸經。皆指年代。將末來世名字比丘。爲世導師。若以正法時制文。而制末法世名字僧者。教機相乖。人法不合。由此律云。制非制者。是制斷三明所記。豈有罪。

此上引經配當已訖。後擧教比例者。末法法爾正法毀壊。三業無記。四儀有乖。

且如像法決疑經云。若復有人。雖造塔寺。供養三寶。而不生敬重。請僧在寺。不供養飲食衣服湯藥。返更乞貸。食噉僧食。不問貴賤。一切專欲於衆僧中。作不饒益。侵損惱亂。如比人輩。永墮三途。今見俗間。盛行此事。時運自爾。非人故爾。檀越既無檀越志。誰得誹僧無僧行。

又遺教經云。一日乘車馬。除五百日齊。當代行者之罪。何呈持齊之德。

又法行經云。我弟子。若受別請。不得國王地上行。不得飲國王地水。五百大鬼。常遮其前。五千大鬼。常從罵言佛法大賊。

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2.訓読文

此れ等の諸經は、皆年代を指して、將末來世の名字の比丘を、世の導師と爲す。若し正法の時の制文を以て、而も末法の世の名字の僧を制せば、教と機と相乖き、人と法と合せず。此に由りて律に云く、非制を制せば、是の制三明の記する所を斷ずと。豈罪有らんや。

此上經を引きて配當すること已に訖ぬ。後に教を擧げて比例すれば、末法は法爾として正法毀壊す。三業無記、四儀乖くこと有り。

且く『像法決疑經』に云ふが如し。「若し復人有りて、塔寺を造りて。三寶を供養すと雖、而も敬重を生ぜず。僧を請じて寺に在るも、飲食衣服湯藥を供養せず。返て更に乞貸して、僧食を食噉し、貴賤を問はず。一切專衆僧の中に於て、不饒益を作し、侵損惱亂せんと欲す。比の如き人の輩、永く三途に墮す」*1と。

今俗間を見るに、盛に此事を行ず。時運自ら爾なり。人の故に爾るに非ず。檀越既に檀越の志無し。誰か僧に僧の行無きことを誹ることを得んや。

又『遺教經』に云く、「一日車馬に乗すれば、五百日の齊を除く」*2と。當代行者の罪、何ぞ持齊の德を呈せんや。

又『法行經』に云く、「我が弟子、若し別請を受くは、國王の地上に行くことを得ざれ。國王の地水を飲むことを得ざれ。五百の大鬼、常に其の前に遮り、五千の大鬼、常に從ひ罵りて佛法の大賊なりと言はん」*3と。

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3.現代語訳

(今までに挙げた)これら諸々の経典では、すべて(それが仏滅後、幾年を経ての事であるかの)年代を特定して、(像法・末法という)未来に現れる形ばかり名ばかりの比丘を、世の導師としている。もし正法の時代の(サンガや比丘についての)禁則・規定事項をもって、末法の時代の形ばかり名ばかりのサンガや比丘について規制しようすれば、教えと時機とがそぐわず、人と規則とが噛み合わないであろう。このようなことから律にこう説かれているのである。「仏陀が規制されなかったことを(後代の比丘たちが)規制すれば、その規制が(仏陀がお備えになっている「宿命[しゅくみょう]明・天眼[てんげん]明・漏尽[ろじん]明」という)三つの智慧に・・(?)・・」と。これがどうして罪でないことがあろうか。」

以上経典を引用して論拠としてきた。後は「教え」(宗派の教義?)と照らし合わしてみれば、末法の世に至れば(真理からして)必然的に正法が損なわれ滅するのである。(人の行為を三種に分類した身体と言葉と心との)三業は善悪のどちらでもなくなり、(行住坐臥の)四威儀は乱れるであろう。

たとえば『像法決疑経』にこう説かれている通りである。「もしある人があって、仏塔や寺院を造営し、三宝を供養したとしても、しかしその心には敬意はない。僧侶に接待すると約束して寺院におりながら、飲食や衣服・湯・薬を供養しない。むしろ逆に(僧侶に)せがんで、僧侶のために用意された食事をむさぼり喰らう。出自の貴賤を問わず、もっぱらサンガに対して、不利益な行為をなし、侵害して秩序を乱そうとする。このような者は、永く(地獄・餓鬼・畜生という苦しみ多大なる境涯たる)三途の世界いずれかに生まれ変わってそれ以外の境涯には生まれ変われないであろう」と。

いま世俗の社会を見てみると、さかんに『像法決疑経』に説かれているような事が行われている。これは時勢として仕方のないことである。人に過失があってこのような事態になっているのではない。(在俗の信者で寺院や僧侶などに経済的支援をする)施主にもすでに施主としての(本来持つべきであろう)信仰などないのだ。誰が僧侶に僧侶としての行業が欠落していることを非難できるというのか。(在家の人々も悪いのであるから、出家者が悪かったとしても非難する資格などないのだ。)

また『遺教経』にこう説かれている。「(比丘が)一日でも車や馬に乗って移動することがあったならば、五百日間は在家信者から食事の招待を受けてはならない」と。現在の僧侶の惨憺たる状況で、どうして持戒してその徳を表すことが出来るというのか。(出来るはずもないのである。)

また『法行経』にはこうある。「私の出家の弟子ありながら、もし在家信者から指名されての食事の招待を受けた者は、国王の領地を移動してはならない。国王の領地に湧き出る水を飲んではならない。五百の大鬼が、常にその行く手を遮り、五千の大鬼が、常に後ろにあって「仏法の大賊」と罵るであろう」と。

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4.語注

*1 「若し復人有りて」云々…『像法決疑経』,「雖造塔寺供養三寶。而於三寶不生敬重。請僧在寺不與飲食衣服臥具湯藥。返更於中借取乞貳。食噉僧食不畏未來三途之苦。當爾之時一切俗人不問貴賤。專欲於僧中作不饒益侵損惱亂。不欲擁護。如此人輩永墮三途」(大正85,P1337中段)→本文に戻る

*2 「一日車馬に乗すれば」云々…完全に孫引きである。『遺教経』と言えば、一般的に『仏垂般涅槃略説教誡経』を指すが、これにこのよう説は全くない。『法苑珠林』巻九十一,「又遺教法律云。若出家人乘車馬一日除五百日齋」(大正53,p958上段)をそのまま引いたのであろう。ここにいう「遺教法律」とは、『遺教経』ではなく、『遺教三昧法律経』を指したものである。もっとも、これは諸々の経典目録にその名を残すのみで現存しない。これを『遺教経』とは普通言わないし、最澄のその他著作にも例を見ない。
本書著者が、「遺経法律」を『遺教経』を言うものと勘違いし、そのまま孫引きしたと見て間違いない。『遺教経』は、『天台小止観』にも引用されるなど、天台でも比較的著名な経典である。今までも孫引きの疑いがある点が多かったが、ここはまったく疑いようもない。→本文に戻る

*3 「我が弟子、若し別請を」云々…『法行経』とは『比丘応供法行経』を指すのであろうが現存しない。また、日本に請来された経典かも不明。もっとも、これはおそらく『仁王経疏』巻三,「是故比丘應供法行經云。若我弟子有受別請者。是人定失一果二果三果四果。不名比丘。是其不得國王地行。不得飲食國王水。有五百大鬼。常遮其前。是比丘七劫不見佛。佛不授手。不得受檀越物。五千大鬼常隨其後。言佛法中大賊」(大正33,P426中段)の孫引きであろう。また、ほぼ同様の一節が香象大師法蔵の『梵網経菩薩戒本疏』にある。「若我弟子有受別請者。是人定失一果二果三果四果。不名比丘。是人不得國王地上行。不得飲國王水。有五百大鬼常遮其前。是比丘七劫不見佛。佛不授手。不得受檀越物。五千大鬼常隨其後後言佛法中大賊」(大正40,P647上段)。
■別請[べっしょう]とは、施主が僧侶を指名して食事に招待すること。指名しない招待は、「僧次請[そうじしょう]」と言う。いずれもこれを受けることは、律蔵で許されている行為で、釈尊も別請を受けていたことが数々の経典から知られる。しかし、何故か『梵網経』では、これを四十八軽戒のうち第二十八軽戒に挙げて戒めている。理由は「平等ではないから」であるという。この『法行経』なる経典の所説は、さらに極端である。別請を受けた者は悟りを失い、国王の領地を移動出来ず、その地の飲食も出来ず、長大な時間を輪廻しても仏に出会って教えを受ける事も出来ず、鬼達が罵る、などという。別請を受けることは、律蔵に従い、その他の経典の所説に従う限り「破戒(僧侶としての重大な行動規定に違反すること)」とは言えない行為であろう。律蔵と『梵網経』との所説では、しばしば矛盾する点があって、この件もその一つである。法蔵もその著で同様の引用をしている事から、別請を受ける事は、中国以来「悪」とされてきたのであることは間違いない。しかし、なぜ、この様な極端な所説が現れて受け入れられたかは、学問的に未解明であり、学問的には興味をそそられる点である。→本文に戻る

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