真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 養老律令 「第七 僧尼令」

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1.僧尼令について

僧尼令とは

「僧尼令(そうにりょう)」とは、国が仏教の僧尼を統制するための法令で、養老4年(757)に施行された「養老律令(ようろうりつりょう)」の編目の一つです。僧尼が、国家や社会を混乱させ、あるいは仏教の戒律を犯した場合に、国家としてこれをいかに罰するかを定めた法律です。

国家が仏教教団の組織や活動について定めた法は、すでに「養老律令」以前に布かれていた「飛鳥浄御原令」に原型があり、「大宝律令」に同様のものが編纂されていたようです。しかし、そのいずれもが現存していないため、今は直接これを確認することが出来ません。

「僧尼令」は、中国における道士や僧尼を規制する法律「道僧格(どうそうきゃく)」を範としたものと言われています。また、これに仏教教団の法律集「律蔵」の一つたる『四分律(しぶんりつ)』や、大乗菩薩戒を説く『梵網経(ぼんもうきょう)』を参照していることが、その内容から知られます。

ところで、中国より日本に初めて正式な戒律を伝えた鑑真和尚が、天平勝宝5年(753)に渡来し、翌6年に東大寺大仏殿前にて、天皇・貴族をはじめ多くの僧尼に対して授戒を行っています。これによって、これは仏教からすると当然のことですが、僧尼の受戒が義務づけられます。あくまで推測に過ぎませんが、この事実も「養老律令」所載の「僧尼令」の内容に、多少の影響を与えたかもしれません。

明治維新まで有効

「僧尼令」は、明治5年4月25日(1872)に、「自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事(今より僧侶の肉食・妻帯・蓄髪等勝手たるべし事) 但法要ノ他ハ人民一般ノ服ヲ着用不苦候事(ただ法要の他は人民一般の服を着用して苦しからず候事)」という、「太政官布(第133号)」が発布されるまで有効な法律でした。その期間、実に1117年間。

と、言っても、遅くとも平安中期には律令制は完全に形骸化し、僧尼の堕落も日常的常識的なものとなっていたため、国家としてこれを取り締まることはほとんど不可能となっています。これは近世江戸期においても同様で、幕府はさまざまな法度(はっと)を制定するも、最後まで僧尼の堕落と非法に手を焼いています。「僧尼令」は、実に長い間法律として有効ではありましたが、実際に機能したのはごくごく短期間だったのです。

日本の僧尼の殆ど全員は、仏教の戒律は守らず、国家の法も守らずして、世間の人倫乱れ道徳の荒廃を嘆くなどという矛盾を矛盾とも感じず、現在にまで至っています。

養老律令とは

「律令(りつりょう)」とは国家の基本法で、中国に始まったものです。「律(りつ)」は刑罰について、「令(りょう)」は一般行政についての規定です。これに補足・追加した法令は「格(きゃく)」・「式(しき)」と言います。

律令制を布く国家は本来、天子(皇帝)を頂点とし、「科挙(かきょ)」というすこぶる難関な試験を突破したエリート官僚等によって運営されるものですが、日本は科挙という制度抜きに導入します。

さて、天武天皇が、日本を「近代的法治国家」とするべく、中国に倣って律令制定の詔を発したのが681年。これによって、律令(りつりょう)としては不完全ながらも、天武天皇没後の持統3年(689)、「飛鳥清御原令(あすかきよみはらりょう)」が発布されます。

そして、さらに律令として完成したものを目ざし、刑部親王(おさかべしんのう)や藤原不比等(ふじわらのふひと)などによって編纂された「大宝律令」が成立したのが、大宝元年(701)。これは翌大宝2年(702)に発布されます。ここに初めて「日本」という国家が誕生します。

といっても、中国(唐)の模倣であった律令は、日本の国情にそぐわない点があったため、「大宝律令」が制定された後も、藤原不比等らはその改修作業を進めていきます。しかし、養老4年(720)に不比等の死亡によって、その作業は中断していまいます。

その後、孝謙天皇代の天平宝字元年(757)、 藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)主導のもとに改修され、ここに新しい律令「養老律令」が施行されます。といっても、「養老律令」は「大宝律令」を改修したものであり、その内容はほとんど変更されていないようです。

さて、「飛鳥浄御原令」と「大宝律令」・「養老律令」のいずれもが、全文現存しておらず、直接これを参照する事は出来ません。しかしながら、「養老律令」に限っては、その注釈書『令義解(りょうぎげ)』・『令集解(りょうしゅうげ)』に、ほとんど全文が収録されています。これによって、今もその内容を知る事が出来ます。

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2.僧尼令(対訳)

第一 観玄象条

【原文】
凡僧尼。上観玄象。仮説灾祥。語及国家。妖惑百姓。併習読兵書。殺人姧盗。及詐称得聖道。並依法律。付官司科罪。

【現代語訳】
僧尼が、天文を観測(占星術)して、真偽の知れない災難・吉祥が起こることを主張し、語ること国家に及んで、庶民を妖惑。ならびに兵法書を習読し、殺人あるいは性交渉。および聖なる境地を得たとの虚言したならば、法律にしたがって、官吏に引き渡して罪を科すこと。

【注】
*出家者が、占いや労働などによって食を得ることを「邪命養身(じゃみょうようしん)」という。得度の時に出家者のなしてはならない行為として戒められる。また、『梵網経』ではこれを第二十九軽戒としている。
*殺人・性交渉・聖なる境地を得たと虚言すること、さらに値5銭以上の窃盗は、律蔵においてもっとも重大な罪。これを「四波羅夷罪(しはらいざい)」という。犯した者はただちに僧団から永久追放される。

第二 ト相吉凶条

【原文】
凡僧尼。卜相吉凶。及小道巫術療病者。皆還俗。其依仏法。持咒救疾。不在禁限。

【現代語訳】
僧尼が、吉凶を占い、あるいは祈祷によって病者の治療を行えば、すべて還俗のこと。仏法に根拠があって、咒を用いて病から救う場合は、この限りではない。

第三 自還俗条

【原文】
凡僧尼自還俗者。三綱録其貫属。京経僧綱。自餘経国司。並申省除附。若三綱及師主。隠而不申。卅日以上。五十日苦使。六十日以上者。百日苦使。

【現代語訳】
僧尼が許可無く還俗したならば、三綱(さんごう)はその者の本籍地の戸籍に(その旨を)記録すること。都(みやこ)にある者は僧綱(そうごう)に報告し、その他は国司に報告のこと。さらに治部省(または民部省)に申告して僧籍を廃棄・一般の戸籍に記録すること。もし三綱あるいは師僧が、これを隠匿して申告せずに、三十日以上経過していれば、五十日間の苦使(くし)。六十日以上であれば、百日間の苦使を科す。

【注】
作業中

第四 三宝物条

【原文】
凡僧尼。将三宝物。餉遺官人。若合構朋党。擾乱徒衆。及罵辱三綱。凌突長宿者。百日苦使。若集論事。辞状正直。以理陳者。不在此例。

【現代語訳】
僧尼が、三宝の所有物を、官人に贈答。もしくは徒党を組んで、寺院内の秩序を乱す。または三綱を誹謗して、上座の僧侶を貶めたならば、百日間の苦使を科す。もし集会しての議論であり、その言うところに非が無く、合理的に(上座の僧侶を)諫めたのであれば、この限りではない。

【注】
作業中

第五 非寺院条

【原文】
凡僧尼。非在寺院。別立道場。聚衆教化。并妄説罪福。及殴撃長宿者。皆還俗。国郡官司。知而不禁止者。依律科罪。其有乞食者。三綱連署。経国郡司。勘知精進練行。判許。京内仍経玄蕃知。並須午以前。捧鉢告乞。不得因此更乞余物。

【現代語訳】
僧尼が、寺院に在らず、別に道場を建てて、人々を集めて教化し、妄りに罪福を説き、あるいは上座の僧侶を暴行したならば、すべて還俗のこと。国や群の役人で、これを知っていながら罰しない者は、法律によって罪を科すこと。托鉢を行う者があれば、三綱は連署して、国司・郡司に報告のこと。(その者の行う托鉢が「物乞い」ではなく)精進練行であるのがわかれば、許可すること。都の中であれば玄蕃寮に報告して知らせること。正午以前(午前中)に、鉢を携えて乞食すること。この条件以外で托鉢(物を乞うことを)してはならない。

【注】
作業中

第六 取童子条

【原文】
凡僧聴近親郷里。取信心童子供侍。年至十七。各還本色。其尼取婦女情願者。

【現代語訳】
僧が近親者・郷里から、信心ある童子を引き取って身の回りの世話をさせることを許す。年齢が十七才となれば、それぞれ郷里に返すこと。尼の場合は(身の回りの世話をする)意志のある婦女を引き取ること。

【注】
作業中

第七 飲酒条

【原文】
凡僧尼。飲酒。食肉。服五辛者。卅日苦使。若為疾病薬分所須。三綱給其日限。若飲酒酔乱。及与人闘打者。各還俗。

【現代語訳】
僧尼が、酒を飲み、肉を食い、五辛(にんにく・にら・ねぎ・らっきょう・のびる)を服したならば、三十日間の苦使を科す。もし疾病のための薬として用いるならば、三綱はその日限を設けること。もし酒を飲んで酔い乱れ、人と争って暴行したならば、それぞれ還俗のこと。

【注】
作業中

第八 有事可論条

【原文】
凡僧尼。有事須論。不縁所司。輙上表啓。并擾乱官家。妄相嘱請者。五十日苦使。再犯者。百日苦使。若有官司及僧綱。断決不平。理有屈滞。須申論者。不在此例。

【現代語訳】
僧尼は、有事に論ずべからず(政治に口を差し挟んではならない)。その地の役人を経由せずに、安易に政府に上申書など出して、あるいは政府の秩序を乱し、妄りにことづけて(政府の意向に)自身の意向を差し挟もうとすれば、五十日間の苦使を科す。再犯者は、百日間の苦使を科す。もし役所および僧綱の、政治決断に不平があり、それが不条理なもので、議論の余地がある場合は、この限りではない。

【注】
作業中

第九 作音楽条

【原文】
凡僧尼作音楽。及博戯者。百日苦使。碁琴不在制限。

【現代語訳】
僧尼が音楽をたしなみ、また博打をしたならば、百日間の苦使を科す。ただし囲碁・琴はこの限りではない。

【注】
作業中

第十 聴着木蘭条

【原文】
凡僧尼。聴着木蘭。青碧。皂。黄。及懐色等衣。余色。及綾羅錦綺。並不得服用。違者各十日苦使。輙着俗衣者。百日苦使。

【現代語訳】
僧尼が、木蘭(もくらん)、青碧(しょうへき)、皂(きゅう)、黄(おう)、および壊色(えじき)などの衣を着ることを許す。それ以外の色、また綾(あや)・羅(ら)・錦(にしき)・綺(あや)など(の素材)、これらは着用してはならない。違反した者はそれぞれ十日間の苦使を科す。安易に俗服を着たならば、百日間の苦使を科す。

第十一 停婦女条

【原文】
凡寺僧房停婦女。尼房停男夫。経一宿以上。其所由人。十日苦使。五日以上。卅日苦使。十日以上。百日苦使。三綱知而聴者。同所由人罪。

【現代語訳】
寺・僧坊に女性を宿泊させること、尼坊に男性を宿泊させること、一日以上であれば、それを許可した者に、十日間の苦使を科す。五日以上であれば、三十日間の苦使を科す。十日以上であれば、百日間の苦使を科す。三綱が(宿泊させていることを)知っていて許したのであれば、(三綱にも)同等の苦使を科す。

第十二 不得輙入尼寺条

【原文】
凡僧不得輙入尼寺。尼不得輙入僧寺。其有観省師主。及死病看問。斎戒。功徳。聴学者聴。

【現代語訳】
僧が安易に尼寺に入ってはならない。尼は安易に僧寺に入ってはならない。師僧を訪問すること、あるいは死の床についているのを見舞いに行くこと、布薩(ふさつ)、功徳行、仏教の学習のための場合は許す。

第十三 禅行条

【原文】
凡僧尼。有禅行修道。意楽寂静。不交於俗。欲求山居服餌者。三綱連署。在京者。僧綱経玄蕃。在外者。三綱経国郡。勘実並録申官。判下山居所隷国郡。毎知在山。不得別向他処。

【現代語訳】
僧尼で、冥想に励み修行に熱心な者があり、寂静を願い求めて、俗世間に交わらず、山に入って生活することを求める者があったならば、三綱が連署して、都にある者であれば、僧綱が玄蕃寮に報告すること。地方の者は、三綱が国司・郡司に報告すること。その真偽を確かめて記録し役所に報告し、許可の場合は(僧尼が)生活する山を治める役所に下知させること。たびたび(その僧尼が本当に)山にて生活しているか確かめなければならない。許可した以外の別の場所に行ってはならない。

第十四 任僧綱条

【原文】
凡任僧綱(謂律師以上)。必須用徳行能化徒衆。道俗欽仰。綱維法務者。所挙徒衆。皆連署牒官。若有阿党朋扇。浪挙無徳者。百日苦使。一任以後。不得輙換。若有過罰。及老病不任者。即依上法簡換。

【現代語訳】
僧綱を任じるにあたっては、必ず徳行あってよく衆僧を指導でき、出家・在家の人々から尊敬され、寺務を監督・遂行できる者を登用すべきこと。推薦する衆僧らは、全員が連署して朝廷に文書を提出すること。もし権力におもねる者達が徒党を組み、(不適格な)無徳の者を推薦したならば、百日間の苦使を科す。一度任じた後は、安易に代えてはならない。もし(僧綱に任じられた者が)過失や罪を犯した場合、あるいは老衰・疾病によって(僧綱の)任務に堪えられない者があった場合は、ただちに上記の法によって選び代えること。

第十五 修営条

【原文】
凡僧尼有犯苦使者。修営功徳。料理仏殿。及灑掃等使。須有功程。若三綱顔面不使者。即准所縦日罰苦使。其有事故。須聴許者。並須審其事情。知実。然後依請。如有意故。無状輙許者。輙許之人。与妄請人同罪。

【現代語訳】
僧尼が苦使を科すべき罪を犯したならば、(経典を書写したり仏像を造るなど)功徳を行わせ、(堂塔に丹を塗るなど)仏殿を修理させ、および(寺院内を)掃除などさせること。その作業量を決めておくこと。もし三綱が敢えてさせるべき作業をさせなければ、ただちにその日数に応じて罰し苦使を科すこと。もしやんごとない事情があり、(作業の免除を)許可するならば、その事情を審査すること。事実を確認し、その後に可否を決定すること。免除の理由が、事実でないのに安易に許可すれば、許可した者と、虚偽の申告をした者とを同罪とすること。

第十六 方便条

【原文】
凡僧尼。詐為方便。移名他者。還俗。依律科罪。其所由人与同罪。

【現代語訳】
僧尼が、(朝廷を)欺く手段を講じて、自身の僧籍を俗人に与えたならば、還俗のこと。法律によって罪を科す。与えられた者も同罪とする。

第十七 有私事条

【原文】
凡僧尼。有私事訴訟。来詣官司者。権依俗形参事。其佐官以上。及三綱。為衆事。若功徳。須詣官司者。並設床席。

【現代語訳】
僧尼が、私事の訴訟を起こして、役所を訪れるならば、一時的に(袈裟衣を脱ぎ)俗人の服装で参じること。その位が(僧綱の録事である)佐官以上、あるいは三綱の者が、衆僧、もしくは功徳のために、役所を訪れるときは、床席を設け(迎え)ること。

第十八 不得私蓄条

【原文】
凡僧尼。不得私畜園宅財物。及興販出息。

【現代語訳】
僧尼が、私的に土地・屋敷・財物を所有し、また販売・営利活動してはならない。

第十九 遇三位已上条

【原文】
凡僧尼。於道路遇三位以上者隠。五位以上。斂馬相揖而過。若歩者隠。

【現代語訳】
僧尼が、道路で三位以上の人と遇ったならば身を隠すこと。五位以上ならば、下馬して会釈して過ぎること。もし歩きであれば身を隠すこと。

第二十 身死条

【原文】
凡僧尼等身死。三綱月別経国司。国司毎年附朝集使申官。其京内。僧綱季別経玄蕃。亦年終申官。

【現代語訳】
僧尼などの死亡があれば、三綱は月ごとに国司に報告すること。国司は毎年に朝集使(ちょうしゅうし)に報告書を持たせて太政官に報告すること。(僧尼の死亡が)都内であれば、僧綱は季節毎に玄蕃寮に報告し、これを年末に太政官に報告すること。

第二十一 准格律条

【原文】
凡僧尼有犯。准格律。合徒年以上者。還俗。許以告牒当徒一年。若有余罪。自依律科断。如犯百杖以下。毎杖十令苦使十日。若罪不至還俗。及雖応還俗。未判詑並散禁。如苦使条制外。復犯罪不至還俗者。令三綱依仏法量事科罰。其還俗并被罰之人。不得告本寺三綱。及衆事。若謀大逆。謀叛。及妖言惑衆者。不在此例。

【現代語訳】
僧尼に犯罪があったとき、格・律に準じて、徒一年以上の刑となるならば、還俗のこと。僧籍を剥奪することをもって徒一年の刑に充当することを許す。もし余罪があれば、法律に照らして処罰すること。百杖(ひゃくじょう)以下の刑ならば、杖十毎に苦使十日間を(代わりとして)科すこと。もし罪が還俗に処するほどでなくとも、あるいは還俗に相当する罪であっても、刑が確定するまではいずれも幽閉すること。(国法としての法律における)苦使に科す以外の(仏教の律蔵に違反した)罪を犯した場合で、それが(「性交渉・窃盗・殺人・宗教的虚言」のいずれか)還俗に相当する罪でなかったならば、三綱に律蔵に基づいて罰を与えさせること。還俗や刑罰を科せられた者は、その者が籍を置いている寺院や三綱、および衆僧を訴えることは出来ない。もし(寺院や三綱、衆僧が)国家転覆、謀叛、および妖しい言葉で庶民を惑わしている場合は、この限りではない。

第二十二 私度条

【原文】
凡有私度。及冒名相代。并已判還俗。仍被法服者。依律科断。師主三綱。及同房人知情者。各還俗。雖非同房。知情容止。経一宿以上。皆百日苦使。即僧尼知情。居止浮逃人。経一宿以上者。亦百日苦使。本罪重者。依律論。

【現代語訳】
国の許可を得ずして私的に出家した者、あるいは他人になりすまして出家の許可を得た者、また既に(罪を犯して)還俗に処された者が、袈裟衣を着用したならば、法律に照らして処罰すること。師僧・三綱、および同じ僧坊で生活する僧侶で(その者が法律を犯しているという)事実を知って(放置して)いたならば、それぞれ還俗に処する。同じ僧坊で生活する僧侶でなくとも、事実を知っていたながら容認し、一晩以上を経たならば、例外なく百日間の苦使を科す。僧尼が(違法の)事実を知りながら、逃亡者を寺内に留め、一晩以上を経たならば、また百日間の苦使を科すこと。その犯した罪が重大な場合は、法律に照らして判断すること。

第二十三 教化条

【原文】
凡僧尼等。令俗人付其経像。歴門教化者。百日苦使。其俗人者。依律論。

【現代語訳】
僧尼などで、俗人に経典や仏像を授け、家々を巡って布教活動したならば、百日間の苦使を科すこと。俗人については、法律によって判断すること。

第二十四 出家条

原文】
凡家人奴婢等。若有出家。後犯還俗。及自還俗者。並追帰旧主。各依本色。其私度人。縦有経業。不在度限。

【現代語訳】
使用人・下僕などが、もし出家し、後に(罪を犯して)還俗に処せられた場合、あるいは自主的に還俗した場合は、強制的に元の雇い主・所有者の元に返し、それぞれの身分に戻すこと。国の許可無く私的に出家した者は、たとえ(税金逃れや生活のためではなく)本当に修行を重ねていたとしても、僧侶として認めないこと。

第二十五 外国寺条

【原文】
凡僧尼。有犯百日苦使経三度。改配外国寺。仍不得配入畿内。

【現代語訳】
僧尼が、百日間の苦使を科されること三度に及べば、在籍する寺を去らせて外国の寺に所属させること。この場合畿内の寺院に所属させることは出来ない。

第二十六 布施条

【原文】
凡斎会。不得以奴婢牛馬。及兵器充布施。其僧尼。不得輙受。

【現代語訳】
寺院・僧侶に対して布施をする法会にて、下僕や牛馬、および兵器をもって布施とすることは出来ない。僧尼も、それらを安易に受けることは出来ない。

第二十七 焚身捨身条

【原文】
凡僧尼不得焚身捨身。若違。及所由者並依律科断。

【現代語訳】
僧尼が身体の一部を燃やして仏陀・経典への供養としたり身を捨てて供養とすることは出来ない。もし違反すれば、違反者は法律によって処罰される。

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