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「七衆(しちしゅ)」とは、仏教徒を出家・在家、男性・女性とよって分けられた七つの立場の総称で、仏教徒全体を指して言う言葉です。
仏教徒には、まず出家者(僧)と在家信者(俗)という二つの立場があります。そして、出家者は年齢や性別などによって、五つの立場にわけられます。
男性出家者には、比丘(びく)・沙弥(しゃみ)の二つの立場があります。女性出家者は、比丘尼(びくに)・式叉摩那(しきしゃまな)・沙弥尼(しゃみに)の三つです。在家信者は、男性を優婆塞(うばそく)、女性を優婆夷(うばい)と呼称します。
時として、「七衆」ではなく「四衆(ししゅ)」という言葉でもって、仏教徒全体を指して言うことがあります。この場合は、「比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷」のことで、もって出家在家の男女全てを指します。
日本仏教には、「非僧非俗(ひそうひぞく)」という奇妙な言葉があり、自身がそのような立場であることを主張する人が、僧俗問わずにあります。
しかし、仏教徒には、上記七衆以外のあり方はありません。また、下に記しているように、その七衆それぞれに異なる戒や律が説かれており、出家者の場合は戒や律を受け、遵守しなければその立場を維持する事は出来ないのです。
初めてこのような主張をしたのは、鎌倉期初頭に浄土教をさらに非仏教化したものと言える真宗の祖、親鸞(しんらん)のようです。彼は、幕府に流罪に処され、僧籍を剥奪されて在家者「藤井善信(ふじいよしざね)」との名となったおりに妻帯しています。
よって、これはあまり知られていないことですが、親鸞は出家者・僧侶ではなく在家者です。しかし、これは彼独自の宗教的信条によるものといいますが、彼は僧侶の姿を捨てることはなく、そこで主張したのが「非僧非俗」という立場だったようです。
この立場は、彼の弟子達も踏襲します。そして、さらに後代の真宗という宗派を形成した弟子達は、自身の立場をまぎれもない僧侶であり、親鸞も間違いなく僧侶であったとしたため、その思想だけでなく立場もさらに脱仏教化しています。ちなみに、親鸞が、そのような立場を正当化する為に典拠としたのが、最澄の撰とされる『末法燈明記』です。
もっとも、現代の自身をして「非僧非俗」であると主張する人々は、これは真宗に限らず日本仏教界各宗派の僧侶と自称するほとんど全員に該当しますが、出家者として人々から寄進や布施は受けるけれども、その生活は俗人である。つまり僧侶としての特権は享受するが、義務や規制は一向に履行・遵守しないということを、恥じずに公称しているのと変わりないと見て間違いありません。
これは、先に挙げた『末法燈明記』という、いわば彼等にとっての「堕落容認の聖典」が説いた、まさにそのままの姿と言えます。なんとも皮肉な話です。
ちなみに、「非僧非俗」的なあり方をしている者がいる国は、日本だけではありません。チベット仏教のニンマ派やサキャ派の一部僧侶、ネパールの密教僧、ブータンの密教行者、韓国の太古宗僧侶などがそれです。彼等は妻帯世襲しながら、僧侶あるいは僧侶に準じた立場に位置しています。
さて、七衆それぞれには、仏陀によって性別や年齢などによって異なる戒や律が説かれています。これを、「七衆別解脱律儀(しちしゅべつげだつりつぎ)」といいます。律は出家者に限って説かれたものですから、在家信者に律はなく、戒だけが説かれています。
二百五十戒と言われるおよそ250ヶ条でなる律は、基本的に出家者の中でも、比丘と比丘尼にのみ説かれます。もっとも、比丘尼の場合は、五百戒と呼ばれるおよそ350ヶ条の律が説かれています。
比丘とは、「(食を)乞う者」を原意とする、サンスクリット「bhikşu(ビクシュ)」またはパーリ語「bhikkhu(ビック)」の音写語で、仏教では、正式な男性出家修行者のことを言います。また、比丘を「大僧(だいそう)」という場合もあります。
また、サンスクリットの発音により近い音写語である、「苾蒭(びっしゅ)」という呼称が用いられることがあります。
この比丘になるためには、誰でも例外なく、比丘の二百五十戒や具足戒、大戒などと言われる、およそ250ヶ条からなる律を受けなければなりません。(→四分律戒相)
しかし、それにはまず「20才以上である」、「父母の許しを得ている」、「負債がない」、「官人でない」、「人間である」、「感染症にかかっていない」、「性的不能者ではない」、「両性具有者ではない」など、他にも様々な条件を必ず満たしている必要があります。ちなみに『四分律』では、比丘になるためには、「十遮十三難」と言って計二十三の条件を挙げています。
もっとも、律の内容・構成を知れば理解できることですが、二百五十戒を、すべて守らなければ、守れなければ比丘たり得ないということはありません。ただし、律には、比丘として「絶対に」やってはならない四ヶ条があり、これを犯せばただちに僧団から永久追放されます。
その四ヶ条とは、「いかなる種類、いかなる相手との性交渉」・「価値五銭以上の窃盗」・「殺人・殺人教唆あるいは自殺の奨励」・「宗教的虚言」です。現実的に最も維持するのが困難と言えるのは、「いかなる種類、いかなる相手との性交渉」をしないことと言えるでしょう。仏教は出家者の「性」について、大変厳しい態度をとるのです。
これらを守れない、いや守りたくないというのであれば、そもそも僧侶になるべきではありません。守れなければ、在家信者のままで居れば良いだけのことです。
比丘尼とは、サンスクリット「bhikşuņī(ビクシュニー)」またはパーリ語「bhikkhunī(ビックニー)」の音写語で、正式な女性出家修行者です。
また、サンスクリットの発音により近い音写語には、「苾蒭尼(びっしゅに)」があります。
この比丘尼になるためには、誰でも例外なく、まず「式叉摩那(しきしゃまな)」として二年間を過ごした後に、比丘尼の具足戒たる五百戒や大戒などと言われる、およそ350ヶ条からなる律を受けなければなりません。
また、比丘尼の場合は、「八敬法(はっきょうほう)」と言われる、つねに比丘を目上の存在として敬い、その指導を仰ぐべきことが定められた八ヶ条の規定を、終生守らなければなりません。比丘尼は、あくまで比丘の下部に位置づけられた存在なのです。しばしばこの点を、仏教は性差別する宗教であるとして、現代のフェミニスト等が批判することがあります。
もっとも、現在は、世界のどの国にも比丘尼僧伽が存在しないため、いかなる国にも比丘尼は存在していません。ただし、大乗の系統で、比丘尼僧伽に近い形のものが台湾に存在しており、世界中の尼僧を志す女性が集まっています。
チベットでは、比丘尼サンガの復活に向けた動きもありますが、それには全世界のサンガの同意が必要として、具体的なものとはなっていないようです。
一.法臘(ほうろう)が百歳であっても、一歳に満たない比丘でも礼拝しなければならない。
二.比丘を罵ったり謗ったりしてはならない。
三.比丘の罪・過失をみても、それを指摘したり、告発したりしてはならない。
四.式叉摩那(しきしゃまな)として二年間過ごせば、具足戒を受けても良い。
五.僧残罪を犯した比丘尼は、比丘・比丘尼の両僧伽で懺悔しなければならない。
六.半月毎に比丘のもとに、教誡を受けなければならない。
七.比丘のいない場所で、安居(あんご)してはならない。
八.安居が終われば、比丘のもとで自恣(じし)を行わなければならない。
式叉摩那とは、サンスクリット「śikuşamānā(シクシャマーナー)」またはパーリ語「sikkhamānā(シッカマーナー)」の音写語で、「正学女(しょうがくにょ)」などと漢訳される、女性出家修行者です。
これは、沙弥尼が比丘尼となる前に、妊娠していないか、比丘尼の生活に耐えられるかなどを見極めるために設けられた立場です。式叉摩那は、「六法戒」を受けることによって、原則として18才からなることが出来ます。式叉摩那とは、比丘尼になるためのいわばお試し期間、「インターン」といった立場です。
六法戒を二年間しっかりと守ることができた式叉摩那は、ようやく具足戒を受けて比丘尼になることができます。二十才をすぎて出家した女性でも、比丘尼になるためには、この式叉摩那にはかならず成らなければなりません。もしこの六法を守れなかった者は、時計の針を戻して、さらに二年間を式叉摩那として過ごさなければいけません。
一.欲情の心をもって男性に触れない。
二.与えられていない物を自分の物としない。
三.意図的に他の生命を傷つけ損なわない。
四.どんなことであれ、真実でない言葉、嘘をつかない。
五.非時に食事をしない。(*非時とは、正午から翌日の日の出まで)
六.穀物酒であれ、果実酒であれ、いかなる酒も飲まない。
沙弥(しゃみ)とは、サンスクリット「śrāmaņera(シュラーマネーラ)」またはパーリ語「sāmaņera(サーマネーラ)」の音写語で、「勤策男(ごんざくなん)」または「求寂(ぐじゃく)」などと漢訳される、原則として数え14歳から20歳未満の年少男性出家修行者、いわゆる「小僧(こそう)」です。
沙弥には、一人以上の比丘のもとで「十戒」を受け、出家することによってなることが出来ます。沙弥は、僧伽の正式な成員ではなく、よって布薩(ふさつ)などの僧伽の重要な儀式に参加することは出来ません。沙弥が20歳となって具足戒を受け、比丘となって初めて、僧伽の一員として認められます。
もっとも、沙弥の生活は比丘に準じたものであり、具足戒を受けてはいなくとも出家修行者に変わりありません。よって、これを犯すようなことがあれば、比丘と同じ罰は与えられませんが、それなりの懲罰が与えられます。時には追放に処せられる場合もあります。
ほとんどの場合、沙弥は、出家修行者としての基本的な立ち居振る舞いや作法である、二百五十戒の中の「百衆学法」などを学び、いずれ比丘となるときに備えます。
沙弥には、先に述べたように、数え14歳からなることが出来ます。しかし、場合によっては7歳から沙弥になることも出来ます。また、20歳を過ぎて比丘になることが出来るにも関わらず、具足戒を受けずに沙弥のままでいるものもあります。
一般に、7歳から14歳未満の沙弥を「駆烏沙弥(くうのしゃみ)」、14歳から20歳未満の沙弥を「応法沙弥(おうぼうしゃみ)」、20歳以上のものを「名字沙弥(みょうじしゃみ)」と呼称します。もっとも、これは呼称が異なるのみでその扱いや立場が異なるという事はありません。
「駆烏沙弥」との呼称は、両親を亡くして路頭に迷っている子供を不憫に思ったアーナンダ尊者が、彼等を沙弥として出家させて良いかの許可を釈尊に求め、釈尊は「僧園を荒らす鳥を追い払う」程度の能力があるならば、との条件付きで許されたという因縁によるものです。
一.いかなるものであれ、故意に生命を殺傷しない。(不殺生戒)
二.与えられていない物をみずからの物としない。(偸盗戒)
三.相手が男女、天、獣であれ、いかなる種の性交渉をしない。(婬戒)
四.故意に虚言を吐かない。(妄語戒)
五.穀物酒であれ果実酒、薬酒であれ酒類を飲まない。(飲酒戒)
六.身を装飾品や香水などで飾らない。(塗飾香鬘戒)
七.音楽や舞踏など演芸を鑑賞しない。(歌舞観聴戒)
八.高く広い寝台で休まない。(坐高広大牀戒)
九.正午から翌日の日の出まで固形物を食さない。(非時食戒)
十.金銀財宝に触れ、蓄えない。(不蓄金銀宝)
沙弥尼とは、サンスクリット「śrāmaņera(シュラーマネーラ)」の音写語「沙弥」と漢字「尼」との複合語で、「勤策女(ごんざくにょ)」などと漢訳される、原則として13歳から18歳未満の、年少女性出家修行者です。
サンスクリットでは「śrāmaņerikā(シュラーマネーリカー)」といい、パーリ語は「sāmaņerī(サーマネーリー)」と言います。
十戒を受けることなどは沙弥に同じですが、女性ですので比丘尼の管理下におかれ、比丘尼僧伽のなかで生活します。
現在、世界どこをさがしても比丘尼僧伽はありませんので、沙弥尼にもなることも出来ません。
しかしながら、ビルマでは「ティラシン」といわれる、沙弥尼とほぼ等しい立場の出家者があり、同様の活動をしています。これとほぼ同様の立場のものがタイにもあり「メーチー」と言われますが、ビルマほど組織化されていません。
いずれも、比丘尼でも沙弥尼でもありませんが、その生活はおおよそ律蔵の規定に従っています。
優婆塞とは、サンスクリットあるいはパーリ語「upāsaka(ウパーサカ)」の音写語で、「近事男(ごんじなん)」または「信士(しんじ)」などと漢訳される、男性在家信者です。
優婆塞には、仏法僧の三宝に帰依して、その信を表明する言葉「三帰依文(さんきえもん)」を唱えることによってなりえます。在家信者の保つべき最低限の戒として、「五戒(ごかい)」が説かれています。仏教徒であるかどうかの最低限の目安は、「三帰し、五戒を受けているかどうか」です。
ほかに出家修行者に準じた戒である「八斎戒(はっさいかい)」が説かれています。これは、六齋日といわれる月六日、または月二回の布薩日において、僧伽のもとで守り、清らかな一日を過ごすものです。これは、この戒を受け、実践したいと希望する者に出家者が授けます。
「五戒」・「八齋戒」は、あくまで戒なので、これを実行するかしないかはあくまで本人の意志に依ります。ある人が戒を受けたのにも関わらず、それを平気で破っている、守っていない、などという場合があっても、出家者はその人に対して何等の罰もあたえません。あるとしても諫める程度です。
仏教の出家修行者が、在家信者の生活習慣などについて積極的に云々と指導することはまずありません。
優婆夷とは、サンスクリットあるいはパーリ語「upāsikā(ウパーシカー)」の音写語で、「近事女(ごんじにょ)」または「信女(しんにょ)」などと漢訳される、女性在家信者です。護持する戒など、優婆塞となんら変わりありません。
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