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人常に云はく、物をよく知れば驕慢起ると云ふ事、心得ず。物をよく知れば、驕慢こそ起らね。驕慢の起らんは、よく知らぬにこそと云々。
[意訳]
世間ではよくこのように言われている。「モノをよく知ると、おごり高ぶって人を見下すようになる」と。しかし、そんなことはあり得ない。人がモノを本当に知ったならば、驕り高ぶる気の起こりようが無くなるからである。もし、モノをよく知るという人が、おごり高ぶって他人を見下しているとしたら、その人は(自分が知ったつもりになっているだけで、実は)モノをよく知ってはいないのである。
『栂尾明恵上人遺訓』(久保田淳・山口明穂 校注『明恵上人集』岩波文庫,P203)
上の言葉は、鎌倉初期、栂尾高山寺に居してその名を馳せた、明恵(みょうえ)上人の遺訓にある一節です。
明恵上人は、平安末期に紀州(和歌山県有田郡)に生を受け、鎌倉期には「華厳宗中興の祖」と言われるほど学徳行徳の誉れ高かった、華厳宗の人です。幼少期に父母を亡くし、高雄山神護寺の文覚(もんがく)に引き取られ、そのまま仏門に入って様々な活躍をなした人で、今なお文学・心理学・仏教学など多方面で注目されています。
また、鎌倉初期に仏教から派生した新興宗教である、法然(ほうねん)の唱える浄土教に対し、『摧邪輪(さいじゃりん)』という書を著して、激しく非難したことでも知られています。そして、明恵上人は、その晩年「人は阿留辺幾夜宇和(あるべきようわ)の七文字を保つべきなり」で始まる、有名な遺訓を遺されています。その遺訓の一節に、上の言葉があるのです。
世の中には、何事かについての知識を有すると称する者が、その知識を振りかざし、他者に対して傲慢な態度を取ることがあるようです。それについて知らないという人を小馬鹿にし、人でなしの様にすら扱う人も中にはいるようです。
しかし、人間誰しも最初からあらゆる物事を知っていることなどあり得ず、あらゆる物事を知ることなど不可能です。また、「知る」と言うことは、「知らない」ということがあって成り立つもので、その逆もまた然りです。そして、人が何事かある一つの物事について知ったとき、むしろ自分が知らないことがそれまで以上に多くなったことに(賢い人であるならば)気付くでしょう。
皮肉なことに、人は知れば知るほど、知らないことが増えていくのです。慈雲尊者の号には、「百不知童子」というものがあります。これは、慈雲尊者は仏教に限らず、儒教・道教・神道・サンスクリットなど、様々な方面に該博なる知識を有していたにもかかわらず、自分をして「なにも知らない子供」であると言っているのです。
少々話が変わってしまいますが、古代ギリシャの賢人ソクラテスは、「無知の知」ということを主張しています。知恵がある、と自認もしくは社会的に認知されている人々のもとを訪れ、対話した結果、彼らはなにごとかについて知っていると思っているだけで、真に知っているのではないことがわかりました。そこで、ソクラテスは、「自分はなにごとかについて知らないことを知っているだけ、彼らよりほんの少し知恵がある」と自覚したと言います。
知恵があると言っても「ほんの少し」ですから、ソクラテスが高慢になることも無かったでしょうが、ソクラテスと対話したことにより、実際は無知とされた(と思った)人々の讒言によって、裁判にかけられてしまいます。そして、ソクラテスは、裁判の場で自説をまげるなどして命乞いするようなことはしなかったため、死刑を言い渡されます。脱獄することも可能であったのにもかかわらず、ソクラテスは法を犯すことを拒否し、みずから毒をあおって死んでいます(プラトン『ソクラテスの弁明』岩波文庫,参照)。
もっとも、ソクラテスが問題にした知と、明恵上人が問題としている知とは、一緒くたに出来るものではありません。ソクラテスが問題とした「知」というのは、真の「美」や「善」とは何か、などといった事項で、いわゆる社会生活上の知識とは全く異なるものです。
ところで、しばしば日本人は、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」などという言葉を好んでよく使います。人は知識を蓄えれば蓄えるほど謙虚となり、低姿勢になるものだ。秋の稲穂のように、と。しかし同時に、そのような言葉を好む日本人の多くが往々にして、「常識、常識」と、「常識とは何か?」と問われて「かくかくしかじかのモノである」などと明快に答えられる人もほとんどいないように思われます。
しかし、世間ではその得体のしれない「常識」なるものを振りかざし、それを根拠に非常識だとされる人を徹底的に攻撃し、排除しようとするから面白いものです。常識という知識(?)に限っては、それが実っても稲穂のように頭を下げる必要はないというのでしょう。
さて、巷間よく耳にする言葉に、「わかっちゃいるけど、やめられない」や「人間だもの」などがあります。ほとんどの場合、何事か後ろめたいことをしたときの言い訳のように使われる場合が多いようです。飲酒運転がいつまでも無くならないのも、最近の日本人にはこの言葉の示すような意識が働いているからでしょうか。しかし、考えてみますと、「わかっていたら、やめる」はずです。「人間であるからやめられる」はずです。「わかっちゃいないから、やめられない」のでしょう。「人でありながら獣じみている」から止められないのでしょう。これは飲酒運転に限った話ではありません。人は死ぬものである、自分は死すべきものである、という「ごく当たり前」と思われていることについても、全く同じことが言えるのです。
隣の誰々さんが事故で命を落とした、親戚の誰々が病気で亡くなった、縁もゆかりも無い人が誰かに殺されたなど、他人の死に接して思うことは、せいぜい、「つい最近まで元気にしていたのに…」、「まだ若かったのに…」、「あらやだ、恐い」、「あまり行きたくもないが、まぁ葬式にはいかねばならないだろう」、「香典の相場はいくら?」などと言った程度です。そこで「嗚呼、自分の命も一寸先は闇。人は必ず死ぬ。自分もいついかなるときに、どのような死を迎えるか知れたものではないが、かならずその時はくる。だから、自分には一刻でも無駄に出来る時間はない」などと思う人は、まずいません。
何故か。飲酒運転が、正常な運転に大変な支障をきたして悲惨な大事故につながる大きな要因となることも、比較的思い罰金罰則が科せられることも、「知っている」が「事故などしない。捕まらない」などと、「自分は大丈夫」と思っているのです。同じく人が死んで二度と生き返ることが出来ない、やり直しはきかないことも「知っている」けれど、「今のところ元気だし、危険な状況にもない」などと、やはり「自分は大丈夫」と思っているのです。「あの人は死んだ。でも私は元気で明日も元気」、「今まで私は風もろくに引かずに生きてきた頑丈な身体をもっている。だから、私は大丈夫」と。まさに「無知」だと言えるでしょう。
「私は大丈夫」などと思うのは、それこそ高慢な態度に他なりません。本当に知っていたとしたら、そんな態度は取れないからです。「私は大丈夫」などというのは、「私は人と違った特別の存在」と言っているのとなんら変わりありません。本人にそんな意識はまるでないのでしょうが、この様な意識が、自分の周囲に起こっている、自分自身にもまったく同様にあてはまることを、無視させているのです。まさに「物をよく知って驕慢起」った状態と言えるでしょう。
明恵上人はいうまでもなく仏教者で、学徳・行徳いずれも高かった稀代の名僧でした。仏陀釈尊は、この世のあらゆるすべてが「無常」であり、ゆえに「苦」であり、ために「無我」であると繰り返し説かれました。この世の全てが様々な条件、原因によって一時的に形成され、また滅び去っていくモノであると。であるからが故に、今、自身がしなければならないことを熱心になせ、と説かれて止まなかったのです。そして、仏陀は、その亡くなられる間際にも、「すべてのものは滅びゆくものである。怠ることなく、つとめ励め」との言葉を遺されています(『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』)。
明恵上人は、モノを知るということの基準をこれら「無常」などの仏の教えにおいており、よって、なにごとかについて「知っている」ならば高慢な態度など取れるはずもないことを、充分理解されていたのだと思われます。
「知る」とは、まず「自分が知らないことを知る」ことを伴うものです。また、すべてが変わり行く、滅びゆくものであるからこそ、それを常に見つめつづけ、他人事としてではなく、我が事として受け入れなければ、それはたちまち「物をよく知って驕慢起」った状態となり、その高いつけをいつか自分が払わなければならなくなるのです。
法楽寺サイト制作・管理者 婆塞 覺應
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