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唵 阿謨伽 尾盧左曩 摩訶母捺囉
麼抳 鉢納麼 入縛攞 鉢囉韈哆耶 吽
おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら
まに はんどま じんばら はらばりたや うん
Om amogha vairocana mahāmudrā
maņi padma jvala pravarttaya hūm
オーム アモーガ ヴァイローチャナ マハームドラー
マニ パドマ ジワァラ プラワルッタヤ フーン
不空遍照(大日如来)の大印(大いなる悟り)は、宝珠と、蓮華と、光明の諸徳を具える。これを転じて行者の身に満たさせん。
オーム。釈迦如来よ、大日如来よ、阿閦如来よ、宝生如来よ、阿弥陀如来よ、光を放て。フーン
光明真言とは、真言宗においてもっともよく唱えられている、大日如来の真言です。
正しくは「不空大灌頂光真言(ふくうだいかんぢょうこうしんごん)」と言い、さらに略して「光言(こうごん)」とも言われます。この真言は、『不空羂索神変真言経』(菩提流志訳)または『不空羂索毘盧遮那仏大灌頂光真言』(不空訳)という、密教経典に説かれているものです。
光明真言の功徳は、「この真言を聞くこと二、三遍或いは七遍すれば、よく一切の罪障を滅する云々」などと『不空羂索毘盧遮那仏大灌頂光真言』に説かれています。日本では古来、光明真言の功徳は甚大であると、様々な説話にうたわれており、現在も真言宗・天台宗や、四国八十八カ所霊場・西国三十三観音霊場など、様々な場面で盛んに唱えられています。
もっとも、光明真言がこれほど普及したのは、鎌倉期初頭に活躍した栂尾明恵(みょうえ)上人と、やや時代が下る興正菩薩叡尊(えいそん)律師の活動に由るもののようです。鎌倉期初頭、日本は末法思想が流行したことによって、法然の唱える浄土教の勢力が強くなっていました。浄土教は仏教のわくを大きく踏み外した、仏教と言い難いものであった事に加え、当時の浄土教団は今で言うカルト教団化してすらいました。
そこでこの事態を危惧した明恵上人などにより、浄土教の「南無阿弥陀仏」に対抗するものとして普及させたのが光明真言だった、というのです。
そもそも「真言」とは何でしょうか。
真言とは「仏陀や菩薩が説かれた、偽りのない真実をあらわす、聖なる言葉」です。しばしば、真言の冒頭に「オン(正しくはオーム)」という文字がありますが、これに意味などなく、翻訳など出来ません。「オーム」という言葉、その響き・音自体が、「聖なるもの」とされているものです。
さて、仏教では、「偽りなき真実をあらわす言葉には、その言葉が示す真実、あるいは願いを実現する力がある」と考えます。真実をあらわす聖なる言葉たる真言を口に唱えることによって、智慧を得ること、または諸々の罪障を滅して、福徳を得ることなどを願うのです。
真言は、インド古来の聖なる言葉であるサンスクリット(いわゆる梵語)で説かれており、伝統的にこれを別の言語に訳して用いてはいけないとされています。よって当然ながら、光明真言もサンスクリットから日本語等に訳して唱えることはできません。
また、真言は、経典に説かれている通り、その発音どおりに唱えなければならないものです。ところで、今私たちが唱えている光明真言は、中国で漢訳されたおりに、「音写」といって漢字でその発音を表現され、伝えられてきたものです。
ここで一つ問題が起こりました。漢字とは、時代によって字は同じでも、その発音が呉音・唐音・宋音と変化してきたものです。今私たちが使っている漢字は、これら異なる時代の読み方がゴチャゴチャになっています。結果として、現代の日本で用いられている真言の発音と、本来の発音とはかなり違ったものとなってしまいました。
また、少々話が難しく感じられる方もいるかも知れませんが、そもそもサンスクリットには、母音には16の長母音・短母音とがあります。このようなサンスクリットに対する基礎的無理解も、その大きな原因の一つとなったと言えるでしょう。たとえば、サンスクリットには、日本語の「え(e)」・「お(o)」という母音はありません。サンスクリットでは、「e」と・「o」は長母音であるため、「エー」・「オー」と必ず伸ばして発音するのです。
現在でもこれによる似たような事が起こっています。たとえば、最近日本で再流行している「Yoga(ヨガ)」。「o」は必ず「オー」と発音しなければならないため、サンスクリットに「ヨーガ」はありますが「ヨガ」などという言葉は存在しないのです。ちなみに、「Yoga(ヨーガ)」の漢字表記は「瑜伽」で、日本では伝統的にこれを「ゆが」と読んできました。こんなに簡単な単語ですら、本来の発音と異なったものとなっているのですから、真言などのようにある程度長い文章となると、本来のものとはかけ離れた発音となっていることは推して知るべし、といったところでしょうか。
さて、では本来の光明真言の発音と現代の日本で唱えられている発音が、どれほど違うのか。上に、日本に伝えられてきた光明真言の、梵字表記のものと漢字表記のもの、さらに原語であるサンスクリットの発音、といってもサンスクリット原典がないので推定したものですが、併記しました。
どの程度、本来の発音と異なっているか理解出来るでしょう。上に述べたように、本来は真言は正しい発音で唱えなければならないものです。しかし、現在日本に伝わっている光明真言は、いうならば「訛(なま)りに訛って」しまったものと言えるものなのです。
江戸中期の大阪・京都で活躍した、純粋な仏陀釈尊の教えに肉薄しようと、戒律を厳守して冥想に打ち込み、誤訳があったり厳密に意味を捉えることが出来ない漢訳経典ではなく、サンスクリット原典で経典を読もうと、独学でサンスクリットを相当高いレベルまで習得した驚異の人に、慈雲尊者という偉大な比丘がいます。
サンスクリットを習得した尊者は、光明真言が本来の発音と相当違っていることに気付いていました。そこで尊者は、真言を出来うる限り本来の発音で唱えることをしましたが、伝統的な読み方を否定はしませんでした。
本来の発音とは異なっていたとしても、日本では古来、光明真言の功徳が甚大であることの逸話などが数多く伝わっており、よって別段に本来の発音で唱えることもないだろうと、伝統を尊重したのです。もっとも、本来の発音を伝受して欲しいという人があった場合は、教え授けています。
法楽寺サイト制作・管理者:婆塞 覺應
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